雑学の部屋��


ショッピングセンター考(2007.05.11)

我が国に郊外型のショッピングセンターが登場したのはいったいいつ頃のことでしょうか?

それは、確か1980年代頃ではないか、と記憶しています。

それまでショッピングセンターと言えば、繁華街や駅前といった都心の一等地にあるのが通り相場でした。しかし、こうした所は土地の値段も高く、また駐車場も十分確保できず、急速なモータリゼーションの流れに遅れをとっていました。

そんな折、土地代も安く、また十分な駐車スペースも取れる郊外に大型のショッピングセンターが登場、そちらに客が流れる形となります。

私がこうしたショッピングセンターを見かけた最初は、函館にいた時でした。

80年8月下旬、函館市郊外・美原地区に2つの大型ショッピングセンターが相次ぎ開店しました。長崎屋とイトーヨーカドーです。偶然ですが、共に鳥をあしらったマークですね。

長崎屋のほうが数日早く開店していますが、ものの数百メートルしか離れていない両者が客の奪い合いをして、共倒れに終わりはしないかと心配でした。

しかし実際には、私の両親もそうでしたが、大概の客は価格比較のためもあって両者をはしごしており、それが結果的に両者にとっていい刺激となって、共存共栄を図れたように思います。

その後、長崎屋はバブル期の無理な拡大戦略がたたって、2000年に経営破綻、会社の規模も大きく縮小されましたが、幸い函館店は今も健在のようです。

一方ヨーカドーは、傘下のセブンイレブンやデニーズなどと共に7&Iグループを結成、ここは更に西武とそごうの共同持ち株会社・ミレニアムをも傘下に収め、流通業界の一大コンツェルンを構成しています。

流通業界の一大コンツェルンと言えば、イオングループも有名ですね。特にここは、マイカル、ヤオハン、ダイエー、カルフールジャパンなどと言った経営破綻したり、経営難に陥ったりした同業他社を次々買収して大きくなっています。

また、綿密な市場調査のもと、出店計画を練ることでも知られています。その地域になかった店をテナントとして入れ、またシネマコンプレックスやスポーツジム、英会話教室などをも内包する一つの街と位置付けることで、より集客力を上げようという試みです。

そのいい例が2000年に開店したイオン高知でしょう。ここにはスポーツオーソリティーやトイザラスなどといった、これが高知初出店となる店が多く出店しています。シネコンも勿論高知初上陸です。

ただ、全てにおいて大きすぎることで、「これじゃイオンじゃなくてイネン(四国の方言で『帰れない』の意)だよ」としきりに揶揄されていますが…

そんな、一つの建物だけで満腹感を味わえる魅力が中心商店街には欠けている、と考える方もおられますが、その意見もごもっともだと思います。  

コメント欄から

○確かに、地方は車が絶対的な移動手段ですからね!

新潟で酒を作ってたときは、休みの日には、10Km離れたイオン(ジャスコ)まで、一週間分をまとめ買いし、たりない物は、地元の商店街で買い足すよなことをしてましたね。

住んでたところは過疎化の町でしたから、商店と言っても農協コープと他の専門店が何店かある程度でしたから・・・。

いま、思う事は、商店街は自転車が多すぎて、ゆっくり買い物が出来ないことでしょうか?

店先に停めたまま商店街を歩いて回るなら、最初から歩いて来いと言いたい位です。

歩くのも大変な状態では、行く気にもならないです!! (Colour)

●迷惑駐輪にはどこの自治体も頭を悩ませているようですね。

あと、本来は歩行者専用道のはずの商店街を我が物顔で走り抜ける自転車、これも迷惑この上ありません。(うみがめ)

○確かに商店街へはあまり足を運ばなく なりました。

商店街も独自の工夫を必要としてますよね。

高知のアーケードは、ちょっと違うと思いました。

お客さんを引き止める魅力がありました。

商店街と飲み屋街がうまく共存 してると感じましたよ。(防人)

●そんな風に感じられましたか。

確かに、全国的にも珍しい木製の屋根は目を引きますが、あちこちに空き店舗が目立つ状況は他都市の中心商店街と変わりません。(うみがめ)

○私の記憶では、昭和50年代に入って数年後(50年は私が小学校に入学した年なので覚えやすいのです)に出現したと思います。だから、もうちょっと早いといえましょう。  

小3のとき、わが岐阜県神戸町民の日常生活での流出先を調べた資料が配られたのですが、隣の大垣がダントツのトップでした。「あ、池田町とかにもショッピングセンターが出来たけど、まだ資料が古くて反映されてないんだろうな」と思ったもんです。  

昨今、「商店街だから保護されるべき」という意見が根強くあります。でも、何の根拠があってなんでしょうね。「商店街からにぎわいが消えたのは残念」だなんて、商店街のような街に育った人たちでしか通用しない理屈のような気がしてなりません。これだけショッピングセンターが普及したのも、(都会と同様に)匿名で買い物ができるという気安さが地方民にウケたからではないでしょうか。商店街側が魅力を作って反撃という話も聞きませんし。  

なおわが神戸町の中心商店街は、昔ながらの商店街なのに4車線分くらいの広い道路になっているという珍しい商店街です。未だに「商店街=狭い道路」という感じがつかめません。ここも30年前はまだ賑わってましたが、今は火が消えたようです。(かじか)

●大型ショッピングセンターは大概郊外にあって、大型の駐車場を備えている、というのが曲者です。それはつまり、車の持てない高齢者などの交通弱者を置き去りにしている、と言う論理です。

反面、中心商店街は徒歩や公共交通機関でも行きやすく、その点交通弱者向けと言えます。ただ、そこに拘りすぎることも積極的に客を呼び込む事には繋がらないから、結果的に商店街が寂れる、ということでしょう。(うみがめ)

○最近はようやくコミュニティバスという考え方が普及し、ショッピングセンターを経由するケースも増えてます。また鹿児島県のあるショッピングセンターでは、ショッピングセンターの無料バスが商圏各地とショッピングセンターとを結ぶばかりでなく、なんと医療施設など公共機関も経由してくれるそうです(もちろん誰でも乗れます)。地方交通ってもっとやり方があるんじゃないかなーと思いますね。(かじか)

●バスの場合、採算が合わなければ即廃止となりやすいという欠点もあるのが気にはなりますね。 (うみがめ)


私と誕生日が同じ有名人(2007.05.23)

5月23日は私の誕生日です。

以前「まよまよきいて〜」(「音盤話」参照)と題する記事で、私の兄と岡本真夜さんとが同じ誕生日であることに触れましたが、ではこの私と同じ誕生日の有名人にはどんな人がいるのか、調べてみました。(ウィキペディアより)

1707年 カール・リンネ 博物学者

1848年 オットー・リリエンタール 航空技術者

1883年 ダグラス・フェアバンクス 俳優

1902年 斎藤秀雄 指揮者

1903年 サトウハチロー 詩人

1933年 ジョーン・コリンズ 女優

1947年 上原まり 琵琶奏者

1957年 根本要 ミュージシャン(スターダストレビュー)

1958年 西川峰子 歌手・女優

1959年 高橋名人 ファミコン名人

1964年 小島嵩弘 俳優・歌手

1965年 ウルフルケイスケ ミュージシャン(ウルフルズ)

1965年 山口勝平 声優

西川峰子さんが同じ誕生日ということは、昔懐かしい「中一時代」の別冊付録「タレント名鑑」で見て知っていましたが、他にも結構いたんですね。

分類学の父といわれるリンネは2007年が生誕300年にあたります。

高橋名人は、ゲームソフトメーカーの一社員だったのが、テレビゲームの名人として時代の寵児となりました。

中でも注目したいのが、この私と全く同じ日にこの世に生を受けた小島嵩弘(こじま・たかひろ)氏です。

実は私も知らなかったのですが、この方元々は役者で、大学時代に演劇学を学び、卒業後に劇団を旗揚げ、1990年代以降はバンド活動も積極的にこなすようになります。

また、ラジオDJとしても活躍、下ネタも飛び出すトークを繰り広げる一方で、リスナーからの相談にはメッセージや生演奏で答え、自殺を救う一幕もあったとのことです。

実は、私の母も同じ日に生まれています。勿論、狙っても出来ることではないでしょうが。


百害あって一利なし(2007.05.31)

5月31日は、WHOが定めた「世界禁煙デー」である。

自慢じゃないが、私は生まれてこの方煙草を口にした事がない。私の父も、そのまた父も、生涯煙草を嗜んだことはなかった。

つまり父方は代々非喫煙の家系と言うわけだ。

母も煙草を吸わないが、これはヘビースモーカーだった彼女の父親の反動も入っているように思う。

そんな私にも、子供の頃のほんの一時期、煙草に憧れを抱いた事もあった。しかし、一番身近な大人(両親)に喫煙の習慣がない以上、そんな憧れは未成年が一番煙草に憧れるであろう思春期までには自然消滅していった。

そんな私が、中学卒業から1年ほどして行われた、中3当時のクラス会で衝撃の事実を目のあたりにした。

その日集まった30人中、3分の1の人が煙草を嗜んでいたのだった。

いくら当日、かつての担任教師が都合で欠席だったからといって、16歳の少年少女がこうも平然と紫煙をくゆらしている姿は、はっきりいって異様だった。私の通っていた高校でも、毎年のように喫煙が発覚して特別休暇を頂く生徒が出ていたという。

「20歳の誓い、煙草止めます」が冗談では済まされない事態に唖然とした。

大学に進み、公然と煙草が吸える年になっても、当時の学長のこの一言で、喫煙などするまいとの決意を新たにした。

「人々の健康を預かる医療人となるであろう君達に、その健康を最も蝕む喫煙は勧められない。第一、安定した税収の為と称して国が煙草の製造販売を独占的に扱う企業を経営している事自体おかしい。これでは国が率先して病人を増やしている事になる」

当時の専売公社のことを批判しているのだが、その専売公社も今はJTという民間企業に生まれ変わった。

しかしそれは表向きの話、実はJTの筆頭株主は今でも財務省、しかも国内では相変わらず煙草の製造を独占している。確かに販売面では、輸入品もシェアを伸ばしているけれども、専売公社改めJTの実態は何一つ変わっていない。

何より、JTというネーミングも正式社名の英語表記(Japan Tobacco)を略したもの、意図的に「たばこ」の文字を隠そうとしているとしか思えない。

そもそも、喫煙を正当化する理由として「これによって納税義務を果たしている」と言う人もいるが、笑止千万だ。

考えてもみるがいい、煙草の売上による租税収入よりも、煙草によって引き起こされる疾患に対して支払われる医療費、煙草の火の不始末で起きた火災に対して支払われる保険料、その他諸々の煙草による損失の代償のほうが遥かに高額だ。

事実、私の大学の同級生に、卒業を間近に控えた時期に、煙草の火の不始末によって自宅が全焼、焼け跡から焼死体で発見された人もいる。きっと悔やんでも悔やみ切れなかったろう。

「煙草は百害あって一利なし」とは、人々の健康面だけでなく、財政面や人生を狂わせる面にも当てはまる。

コメント欄から

○「世界禁煙デー」 今朝のラジオで知りました。

煙草 20歳になってから何回か吸ったことはあるけど、美味しいとは思わなかったので、しばらく吸ってません。

煙草の不満 いろいろあるけど、映画館など公共施設では缶のジュースは150円とか通常より高いのに煙草は同じ値段というのが納得しないですね。(やなちゃん)

●煙草に関しては、確か定価販売が義務付けられている筈です。量販店で煙草が安売りされている話も聞きませんし。(うみがめ)

○私もタバコ嫌〜い!

吸った事もないし、私は声を大事にしてたから、近くにいるのも嫌でした。

でも職場は真っ白になるほどの煙で、空気清浄機なんて気休め。

みんなの一服タイムは、逃げてましたね〜。

そんな中、全くタバコを吸わない事務をしていた人が肺ガンに。

これを境に、自粛するようになりました。 (さゆり)

●煙草の煙というのは、喫煙者本人が吸い込む主流煙よりも、火のついた先からたなびく副流煙のほうに発癌物質が多く含まれるものです。だから、受動喫煙のほうがハイリスクとも言えるでしょう。 (うみがめ)

○さすが先生!

副流煙って怖いですね〜。

禁煙デー賛成!(さゆり)

●因みに、5月31日を起点とする1週間を禁煙週間と言います。 (うみがめ)

○十数年前私も吸っていた時期もありましたが、3ヶ月ですっぱり禁煙(似合わないと言うのが当時の理由でした)。身内をガン(肺ではないが…)で亡くしているので禁煙には気を使って欲しいところですが、職場ではなかなかタバコを止める人がいません。輪に入ることすら躊躇(ちゅうちょ)してしまいますね。 (かわぐち・まさし)

●煙草をやめるきっかけも色々で、体に悪いと言うよりも、「煙草は格好悪い」と言う理由でやめる人も結構いるようです。 (うみがめ)

○昔は男性はみんな吸ってたけど・・・

最近、禁煙する人多いよね。

息子の友達なんて高校生で禁煙!禁煙って(ーー;)

パイポ銜えてるなんてオヤジじゃあるまいし・・・ (かな)

●日本人の喫煙率はここ数年減少傾向にあり、現在は成人人口の半分にもなりません。

ただ、本来法律違反のため統計に現れない未成年についてはどうでしょう… (うみがめ)

○自衛隊の航空機内も禁煙ですよ。

海上自衛隊の広域哨戒機は飛行時間 が8、9時間と長いですが禁煙です。

といってもここ2、3年で全面 禁煙になりました。

私は吸わないのでありがたいですが。

禁煙は、良い風潮だと考えますが男性 の禁煙、非喫煙者が減っている 割りに、女性の喫煙者が増えているのが 残念ですね。 (防人)

●煙草の害は、飛行機のほか列車や自動車といった閉鎖空間のほうが直接的であることを考えると、全面禁煙に向いつつあるのも納得です。 御指摘の通り、最近は男性の喫煙率の低下に反して、女性の喫煙率が上昇しているのが気になりますね。 (うみがめ)


タスポ狂騒曲(2008.05.31)

(上記記事に関連して)

煙草を巡る新たな動きとして、業界団体が今年度(2008)中に、全ての煙草自動販売機をICカード「タスポ」による年齢認証を行った上で販売する方式に切り替えると発表しているが、これに伴う弊害が色々と報告されている。

実はこの方式は、2004年の5月から鹿児島県種子島で試験導入されており、2008年3月の鹿児島・宮崎を皮切りに、5月には北海道・東北・中四国・九州北中部、6月には信越・東海・北陸・関西に順次導入、7月の関東と沖縄を最後に全国展開を終えた。

しかし、ここで疑問が生じる。

何故タスポの導入は南九州から始まったのか?

大概新技術の導入に際しては、大都市圏から始まって、四国や九州は一番最後になることが多いのに、ことタスポに関しては、関東が後回しにされている。

これは恐らく、大都市圏に比べ地方のほうが相対的に喫煙率が高いからであろう。

喫煙者の絶対数は大都市のほうが多いのだが、成人人口に占める喫煙者の割合でみると、地方のほうが高くなる。確か喫煙率の最も高い都道府県は北海道のはずだ。恐らく、それに次いで高いのが南九州だったのだろう。

そもそも、何故今導入しなければならなかったのか?

業界団体は、未成年者の喫煙を未然に防ぐ為と説明している。

なるほど、もっともな理屈だ。

でもそれだったら、何故全ての喫煙者の個人情報まで管理する必要があるのか?その発行までの手続きの煩雑さが敬遠されて、先行実施の宮崎と鹿児島では、タスポの普及率は全喫煙者の30%前後に留まっているというではないか。

そもそも、未成年の喫煙を防ぐのが目的なら、煙草の自販機を撤去すればいいだけのことだ。

自販機を設置している小売店の中には、所謂「街のタバコ屋さん」も少なくない。こうした店の中には、店主の高齢化と後継者不足、更には経営の合理化を理由に止む無く自販機設置に乗り出したところもあるだろう。

しかし、自販機の野放しが結果的に未成年の喫煙を助長しているという現実を考えれば、煙草販売は対面販売を基本とすべきだと思う。

現にタスポ導入によって、喫煙者の多くは自販機からコンビニに流れているというではないか。

中には、「煙草業界に個人情報を晒す位なら、煙草なんてやめてやる」という人もいるそうだ。

医療者の端くれとして「脱煙草社会」を理想と考える私としては、タスポがきっかけとなって喫煙率が下がれば、それもいい傾向だと思いたい。

コメント欄から 

○自販機を全面的に撤去となると対面販売のほうで従事されている方達に物凄い手間となります。

taspo導入直後の小売店での混乱ぶりを目にしました。

未成年者の煙草購入を防ぐ確認作業を対面で行うにもいろんなリスクがあると思います。 (サクロン)

●勿論、リスクは承知の上での発言です。自販機にしても、タスポ以外の方法で本人認証することも可能です。

ただ、その為に自販機を全て置き換える手間を考えたら、いっそなくしたほうが、と考えてしまうのです。(うみがめ)

○タスポを作る時には顔写真や免許証のコピー等を 用意する煩わしさがありました。

そこまで面倒なのに、「20歳以上である」ことは証明できても、 それ以上の身分証明にはならないんですよね。

今はタバコの自販機だけ?ですが、 後々、ビールの自販機にも導入されたとしたら カード作るのに二度手間がかかりますね。(デルフィニューム)

●聞けば、タスポには電子マネーとしての機能もあるそうですが、そうした付加価値をつけたところで、果たしてどれだけ普及することでしょう?(うみがめ)

○我が家は煙草すう人間居ないのでタスポは人ごとで今煙草がいくらかもわからないわ[:汗:]

煙草の煙の匂いには敏感になりましたね。(かな)

●私自身も非喫煙者ですから、煙草1箱がいくらするか、正確には分かりません。確か250円が相場だったと思いますが…(うみがめ)

○私は、きちんと調べていませんが、 自動販売機を撤去しない代わりに「タスポ」は導入されたのではないか、と勘ぐっています。

喫煙者に聞くと、「コンビニなどで買うからタスポは買わない」と返事が返ってきます。

タスポ導入は、本気で喫煙者を減らす気がなかったからではないでしょうか。(戌年男)

●つまりは、自販機業者及び煙草業界が既得権益を手放したくなかったのがタスポ導入の本当の理由、というわけですね?

何せJTの筆頭株主は財務省ですから。(うみがめ)

○タバコ税の税金収入も少なくないですからね。 (戌年男)

●そんなに煙草税収入をあてにしたければ、今以上に税率を上げてもいいと思うのですが、愛煙家の中には低所得者も多いと聞きますから…(うみがめ)

○官僚の視点で言えば、 医療費を抑制するためには喫煙者を減らしたいのでしょうが、税収を考えると喫煙者を減らしたくはないのでしょうね。

自動販売機でタバコ(及びお酒)を販売している国は世界中で日本だけ(!?未確認)ではないでしょうか!?(戌年男)

●調べたところ、先進国の中で煙草自販機の街頭設置が公的に認められているのは日本とドイツだけだそうです。

タイでは、煙草を公衆の目に触れる所に陳列することさえ禁じられており、いかに我が国がまだまだスモーカー天国であるかがわかります。 (うみがめ)

○たばこ1000円論争着火という新聞記事を読みましたが、40〜50代のくも膜下出血の多くは喫煙者だそうですね。主要国の中でもたばこの価格は最も安いほうだそうです。コンビニでタスポなしで買えるのならタスポはあまり意味のない存在ではないでしょうか。国際的にみたら1箱1000円ぐらいがちょうどよいという意見もありました。低所得者の愛煙家の方には申し訳ない話ですけれど。 (のんたん)

●確かに、本当に煙草が好きというのなら、それ位の値段にしても買いそうに思います。

結局、愛煙家と言われる人の多くは、ニコチン依存症に陥っているに過ぎず、仮に煙草1箱1000円になれば自然とやめていくかもしれません。 (うみがめ)

○未成年者への販売禁止を徹底するのであれば、 対面販売においても、タスポや運転免許など、 年齢を証明するものの提示を義務付け、 提示を求めない販売者には 営業停止処分などの行政処分を課す ということも必要でしょう。

タスポはタバコ業界が 未成年者喫煙禁止法にいう措置を取っていますよという、 ポーズ、アリバイ作りでしかないと思います。(彷徨人)

●確かに、売るほうは「これも商売だから」という理屈で、つい未成年にも煙草を売ってしまうのかもしれませんが、ここはやはり「お使いといえども未成年に煙草は売らない」という毅然とした態度が必要だと思います。(うみがめ)


七夕の風習(2007.07.07)

7月7日は七夕、地域によっては旧暦(つまり今の8月)にする所もありますが、竹笹に飾りつけをして、短冊に願い事を書くという風習は全国共通ですね。

しかし、それだけが七夕ではない地域も存在します。

私が中学・高校時代を過ごした函館では、こんな風習がありました。 そのあたり、齋藤訓之さんのブログ「ハロウィン・七夕、子供・神様」に詳しい話が出ていましたので引用します。

当日、日が暮れると、子供たちは提灯のろうそくに火をともし、それとビニール袋を持って外に出る。近所の子供たちと連れ立ってその辺を練り歩く。ぞろぞろ、ぞろぞろ。  

家の一軒ごとに、皆で押し寄せる。そして、門口で一斉に大声で唱える。

「竹に短冊 七夕祭り おおいに祝ぉ ローソク一本 ちょうだいな」  

すると、その家の玄関にぽっと明かりがつく。ガチャっと扉が開いて、家の人が顔を出す。

「はーい。……何人?」  

子供たちが人数を言うと、家の人は玄関先に用意しておいたロウソク箱から人数分のろうそくを取り出し、子供たちに配る。仏壇に飾るようなろうそくだ。子供たちは「ありがとうございます」か何かをゴニョゴニョ言いながら、それを手にしたビニール袋にポイと収める。  

これを次々続ける。  スタートは19時くらいからか。21時には、ほとんどの子供が家に帰り着いている。そのせいぜい1〜2時間で、ビニール袋はろうそくでいっぱい。

(中略)  

アメリカのハロウィンでは「Trick or treat!」(なんかくれないといたずらするよ)と言って、菓子をもらって歩くなどという話がテレビで紹介されたり、英語の教科書に載っていたり、そうしたこともあって、私が小学校高学年になった頃は、七夕でもお菓子をくれる家が現れてきた。

「竹に短冊 七夕祭り オオイヤイヤヨ ローソクくれないとカッチャクゾ!」(カッチャク=ひっかく。函館の方言)  

……なんて、わけのわからない替え歌(?)が広まったり、あの頃、地元紙の北海道新聞のコラムに“その歌の方が本式”などという妄説が記されたりしたのも、ハロウィンの影響かも知れない。

(中略)  

七夕に子供がろうそくをもらって周る行事は、北海道の他の地域にも広がっているとのこと。江差にもあり、恐らくは古く松前か江差から始まった行事では。

「妄説」と書いたものの、「オオイヤイヤヨ」はネブタのかけ声からとする説がある由。ねぶたなら「ラッセーラー」、ねぷたなら「ヤーヤドー」しか知らなかったが、青森県の友人に尋ねてみたい。  

「カッチャクゾ」の脅し文句は、「ちょうだいな」の後に「くれなきゃ……」と付けて言う式もあった。脅し文句が付いたロングバージョンが古くからあったとも考えられる。

ただ元々の函館市民ではなく、転勤族だった私達家族にとって、この風習は驚きでしかありませんでした。

ろうそくを求めて家々を回る子供達に初めて遭遇した時、彼等と応対に出た母とはこんなやり取りをしていました。

「…ろうそく一本頂戴な」

「ろうそく?何の為に使うの?」

「このあたりの七夕の風習だよ。子供達が家々を回ってろうそくを集めるんだ」

「それでどうするの?」

「昔はお仏壇にお供えしたりしたみたいだけど、今はただ集めてるだけかな」

「そうなの。おばちゃん、最近ここに越してきたばかりで、何も知らなかったわ。ちょっと待っててね」

(と言って子供達に差し出したのは非常用の太長いろうそく)

「いや、そんなに太長くなくていいの。もっとちっちゃいろうそくでいいの」

「じゃあ、こんなのでいいの?」

(と言って差し出したのはバースデーケーキに添えられていた色つきのろうそく。使わずに取っておいたのが結構あった)

「それでいいです。有難う」

前もって近所に住む人から、こんな風習があるよと言う事を聞いていれば、その場で慌てる事もなかったのでしょうが、何せ当時住んでいたところは公務員宿舎、つまり周りも私達と同じ転勤族だから、聞き難かったに違いありません。

結局その年は、在り合せのろうそくとお菓子で済ませ、翌年からはこの日に備えて仏壇用ろうそくを仕入れるようになりました。

他にも、その地域特有の七夕の風習ってありますか?

コメント欄から

○何故ローソクなのでしょうね? (戌年男)

●かつてはどこの家にも仏壇があったから、そのお灯明に使っていたのでしょう。

今時は仏壇も神棚もない家は珍しくなく、ただろうそく集めの風習だけが残ったと言うわけです。(うみがめ)

○仙台出身の私はまだ7月の七夕に馴染めません(T.T) (ポン太)

●いつ七夕を祝うかは地域にも依るのでしょう。

同じ北海道でも、釧路では確か旧暦でやってましたから。(うみがめ)

○七夕、地域によってちがいますよね〜。神奈川に来て会社勤めをしていた頃、七夕のときは平塚にみんなで見に行きました。それはすごい。町中に大きなかざりがたなびき、縁日です。屋台がでて、レストランも特別な七夕メニューで。神奈川は江ノ島、横浜の港など花火大会も多く、そんな日は会社の同僚と出かけるのが楽しみでした。なつかしいです。 (ナナ)

●「3大七夕祭り」という括りもあるそうです。地域によっても定義が異なりますが、その中に仙台と平塚が入る事は確実のようです。(うみがめ)

○昔の貧しかった時代の風習の名残でしょうか。

今日の七夕笹流しは、あふれかえる子供と保護者で一杯でした。

保育園に子供を預けていた頃は、きょうは園の屋上に上って、宇宙人をやっていました。

園庭に巨大な穴を掘り、笹を燃やし、花火を打ち上げ、UFOの メッセージを聞くのが行事でしたよ。(poket)

●三重県独特の風習、笹流しですね。

今時は直接川に流すと「環境破壊に通じる」と非難されるそうですが…(うみがめ)

○私 函館生まれ 函館育ちなため 一昨年まで娘っ子と共に まわっていましたよ

昨年 春に引越ししてきたので もうまわれませんが・・・

今はろうそくを もらえるところは少ないです

もらったお菓子をひっくりがえしてみても 2・3本入ってるくらいですね

仏壇おいてる 家庭も少なくなってきているからなのでしょう

そして 小学校では 笹飾りがついていない 家には行ってはいけませんといわれているみたいです

その事を知らなくて 楽しみに待っている 年配のかたは ウチにきてくれなくて 道路まででてきてたりしてます

地方からきたかたは びっくりする風習ですよね

私も うみがめさんのお母様と 同じ対応されたことがあります

大きい太いろうそくと ポテチ1袋もらいました

小さな頃から それがあたりまえだった 私は この風習が 函館特有のものであったのだと 初めて知りましたねぇ (ミミィ)

●そうだったんですか。あれはてっきり子供だけで回っているものだと思っていました。

まあ、これも今時は「子供だけでの外回りは危険」とのことで、保護者同伴となってしまったのでしょうが…(うみがめ)

○小学生になったら 子供だけでまわる子たちが多くなりますが 保育園児 幼稚園児はさすがに親が一緒にまわってますねぇ

一昨年回った時は 娘っ子がまだ保育園の年長さんだったもので・・・ (ミミィ)

●なるほど、それなら納得です。 (うみがめ)

○七夕についてすごく学んだ感じがしました。

私の七夕はやはり7月7日。誕生日ですから。8月の七夕には違和感あり。(アキラクン)

●七夕とは元々7月7日に行われていた行事、ただし昔は太陰暦が使われていたから、それを太陽暦に直すと8月になるだけのことです。現に七夕は俳句では秋の季語ですから。(うみがめ)

○所変われば・・・ですね。

初めてこんな風習を知りました。

蝋燭をもらうというのが、面白いです。

こちらでは七夕飾りに願い事を書くという、全国共通のものだけです。(sakura)

●大体の方がそう言って驚かれます。

こうした、地域固有の風習はこれからも守っていきたいですね。(うみがめ)

○やっぱり勉強になるなぁ・・・

色々な所の出身、在住の人がいるからこそ!

こんな色々な情報交換ができるんですよね。

私の住む愛知では、安城と一宮の七夕祭りが有名です。(紗恵)

●三河安城と尾張一宮ですね。

同じ愛知県でも多様な文化が形成されている訳だ。 (うみがめ)

○地域によりいろんな行事がありますね。

小さい頃は、岐阜羽島にいて 公民館の大きな笹に地域の子供たち や大人が思いや願い事を短冊にして 飾ってました。

当時は願い事も実名 で書いてましたからみんなで近所の人 の願い事を読んでましたっけ。

当時は何か行事があると近所のみんなが集まって いましたね。

七夕の夕方に川へ流しに行きます。

今は、やってません。

いつごろから行事として無くなって しまったのかなぁ。

残念なことです。

一宮の七夕祭りは小さい頃よく行きました。

繊維業界が最盛期で本当に賑やかでした。(防人)

●地域ぐるみで七夕を祝う、それも古き良き風習ですね。 (うみがめ)

○やっぱり北海道は旧暦の8月なんですね。

そう言ってる人がいました。

でも、毎年七夕は雨で、かわいそう〜〜〜。

カササギが来るかしら〜?(さゆり)

●一般に北海道は旧暦でするところが多く、そんな中では函館は例外といえます。 (うみがめ)

○本当にハロウィンみたいですね〜!

同じ日本でも、全然違う行事に驚いています!(さゆり)

●それだけ我が国は狭いようで広いということですね。(うみがめ)

○私も函館人です^^

転勤してくる方達は、本当大変だと思います^_^;

ロウソクと、お菓子用意しないといけないって、知りませんもんね(~_~)

ちなみに、大沼までしか子供達歩かないと友人から聞きました!

鹿部に嫁いだ友人が「鹿部は、そんなのないんだって〜!」と、聞きました^m^ (くろ)

●こういった風習は、慣れてしまえば何でもないのですが、初めて見たときにはみんなびっくりするものですよね。

そうか、道南一体の風習というわけでもないのですね。(うみがめ)

○私も小学生の頃、7月7日には、子どもだけでグループを組んで、ろうそくをもらいに、地域の家々をまわっていました。もう20年以上、前のことです。北海道登別です。どこの家も、七夕には、ろうそくを用意してくれていました。

「ローソク出せ、出せよ。出さないとひっかくぞ。」と歌っていたのを、思い出します。  

今も続いているのかどうか、わかりません。北海道だけの風習だったとは、初めて知りました。(辻栄)

●そうですか、登別あたりでもそうした風習があったのですね。

私はむしろ函館固有の風習かと思ってました。(うみがめ)


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