音盤話��


Happy Halloween!(2006.10.31)

Reach for the sky

10月31日は、キリスト教国では万聖節(ハロウィーン)と言って、悪魔などの扮装をした子供達が町中を回ったり、かぼちゃ提灯を飾ったりするお祭りの日です。

「食べ物記者・齋藤訓之のHP」には、このハロウィーンを函館に於ける七夕に絡ませながら論じる一文が掲載されていますが、彼が言う通り、本来神聖な宗教行事をただのお祭り騒ぎにしてしまうあたり、この国の宗教に対する無神経ぶりがうかがえます。

とはいえ、本来祭り好きな私としては、難しい理屈は抜きにしてともかく楽しもう、そう思って、2005年のこの頃、大阪のUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)で行われたハロウィーンパーティーなるイベントを観に行きました。と言って実は、妻に誘われてのことでしたが。

妻は、特別ゲストとして、日韓両国で活躍するタレント、sonaことユンソナさんが出演すると聞いて、それならぜひ観に行きたいと言いました。その誘いに私も乗っかった訳です。

昼夜二回の公演は、パーク内のお祭り広場で行われました。それこそ、墓場から出てきたようなお化けたちが取り囲む中、かなり高いところに設けられた特設ステージに、天使のような衣装のソナさんが出てくると、場内のボルテージは最高となりました。そこで歌っていたうちの1曲が画像に上げた"Reach for the sky"でした。歌い終わってステージを下り、観客の至近距離を歩いて退場ゲートに向かう様子は、私もしっかりカメラに収めました。本当はその時の写真をUPしようかとも思いましたが、肖像権の問題もありますから差し控えました。


日韓を叉にかける歌姫(2007.06.21)



BoA(ボア)/5集/Girls on Top (初期生産版ジャケット)
 

韓流ブームと言われて久しいですが、その中でも日本と韓国を叉にかけて活躍する女性歌手と言えば、上記記事で紹介したsona(ユンソナ)、そして今回紹介するBoA(ボア)が有名ですね。

ご紹介するCD"Girls On Top"は、実は韓国向けに売り出されたもので、後に香港や台湾でも現地版が売り出されましたが、日本向けには輸入品しか出回っていません。私もネット通販の「韓流エンタテイメント専門店」で見つけて購入しました。

従って、収録曲は全て韓国語歌唱となります。

彼女は歌手デビューに先がけ、英語と日本語の特訓も受けたことから、そのいずれの言語も達者ですが、やはり母国語である韓国語を使っているときが最も生き生きしているように思いました。

上記クリックではハングル文字は出てこないことから、以下に読みとその意味を併記しました。

MOTO

Do You Love Me? - 둘이 함께 (トゥリハムケ・二人一緒に)

Girls On Top

오늘 그댈 본다면 (オヌル クデル ボンダミョン・今日あなたに逢ったら) - If you were here

Love Can Make a Miracle

Addiction - 집착 (チップチャク・耽溺 - 執着)

Freak In Me

공중정원 (コンジュンジョンウォン・空中庭園) - Garden In The Air

I Spy

Can't Let Go

Heroine - 시선 (シソン・視線)

숨... (スム・息) - Breathe Again

가을편지 (カウルピョンジ・秋の手紙)


オカリナ遍路(2006.11.08)

森のうた
 

私が住む高知では、少し市街地を離れると、四国霊場巡りの歩き遍路の人をよく見かけます。私の両親も、高松や土佐清水に赴任していた4年間に、八十八札所を全て回りましたが、この時の移動手段は自家用車でした。まあ、歩き遍路でないとご利益が半減するというわけではありませんが、やはり空海上人の足跡を辿ろうと思えば、自分の足を使ったほうが達成感があるでしょう。

歩き遍路の旅をする人、と聞いて思い出す人に、オカリナ奏者の本谷美加子さんがいます。彼女自身は北海道帯広市の出身、それまで四国とは特に縁がなかったのですが、2001年頃、地元のテレビ局が企画した四国八十八ヵ所巡りの番組のリポーターに起用されたのがきっかけで、以来毎年のように四国を訪れるようになりました。

本谷さんが何故遍路旅に起用されたか、これは私の想像ですが、オカリナという土で出来た笛の音色にはどこか人々を癒す効果があります。お遍路さんの多くも、霊場巡りによって心が癒された、と言います。その「癒し」という共通のキーワードから、オカリナとお遍路が結びついたのではないでしょうか。勿論、本谷さんの人柄もありましょうが。

私が彼女の高知公演を聴きに行ったのも2001年頃のことですが、このときも彼女は開口一番「ただいま!」と客席に呼びかけていました。四国が既に彼女の中では第二の故郷になった証拠です。

そのコンサート会場で購入したのが画像に挙げた「森のうた」です。

きっとその音色に癒されることは間違いありません。


年末の定番・第九(2007.12.29)



Beethoven: Symphony No. 9 Choral
 

暮れの時期、耳にする機会が多い曲と言えば、ベートーベンの第9交響曲「合唱付」を挙げる人は多いことでしょう。

でも何故、いつ頃から、日本では「年末は第九」が定着したのでしょう?

調べたところ、1937年に新交響楽団(現・NHK交響楽団)の音楽総監督に就任したヨーゼフ・ローゼンシュトック(1895〜1985)が、「ドイツでは習慣として大晦日に第九を演奏している」と紹介したのが起源とされています。

現に、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団など、年末に第九を演奏するのが慣わしのドイツのオーケストラは多いのです。

第二次大戦後、オーケストラの収入は少なく、楽団員は年末年始の生活にも困る程でした。そんな現状を改善したいと、合唱団も含めて演奏に参加するメンバーが多く、しかも当時のクラシック音楽の中では、必ず客が入る曲目であった第九をN響が年末に演奏するようになり、それが定例となったことで、日本でも「年末は第九」が定着したと言われています。

実は私も第九の演奏会に行ったことがあります。

確か小3の時、都民の日の行事として渡邊暁雄(1919〜90)指揮の東京都交響楽団が上野の東京文化会館で演奏したのを聴きに行ったのです。

やはり、生の迫力は違うなと思いました。

一方、家にはそれ以前から第九のレコードがありました。

確か父が宮崎にいた昭和30年代初頭に購入したものですが、これも現在は画像のように、輸入盤ながらCD化されています。

演奏は、ヤッシャ・ホーレンシュタイン(1898〜1973)指揮のプロ・ムジカ交響楽団とウィーン楽友協会合唱団です。

ホーレンシュタインはウクライナに生れたユダヤ人で、若い頃はドイツやオーストリアで活躍、ナチスが全権を掌握すると亡命を余儀なくされ、アメリカに活動の拠点を移しました。戦後ヨーロッパに戻り、このレコードのようにウィーンでのレコーディングも精力的にこなしました。ブルックナーやマーラーの作品を積極的に取り上げたことでも知られています。

特に年末に限った訳ではありませんが、子供の頃からよく耳にしていた一枚です。


アロハ・スピリットここにあり(2008.02.02)

アロハ・アゲイン

冬場、ふと常夏の南の島が恋しくなりませんか?

今回は気分だけでも真夏を感じて頂きましょう。

紹介する「アロハ・アゲイン」は、ハワイを耳と目で楽しむCDブックです。

巻頭まず目を惹くのがハワイの風景写真ですが、これらは全て浅井慎平氏が手掛けています。

関口宏氏による読み物「アロハ・オエをもういちど」がこれに続きます。

これは、ハワイ民謡「アロハ・オエ」の作者であるハワイ王朝最後の女王・リリウォカラニの生涯を描いた物語ですが、読んでいて彼女がこの曲に託したメッセージが伝わってくるようでした。

元々は叶わぬ恋によって離れ離れになった恋人達の気持ちを歌ったこの歌が、やがて兄・カラカウア王(和平を求めアメリカに渡るも彼の地で病死)との今生の別れの歌、そして明け渡される王国に別れを告げる歌へと変化していった、その過程を辿っていて読み応えがありました。

実はハワイがアメリカに併合されることに危機感を覚えたカラカウアは、ほぼ同じ頃に開国したばかりの日本を訪れています。

この時に、自分の姪と日本の皇族との縁談を持ちかけたのですが、これは破談になっています。

もしこの縁談が実現していれば、きっと歴史は変わっていたでしょう。

CDにはこの「アロハ・オエ」のほか、「月の夜は」「ブルームームー」「ブルーカルア」「ハワイの結婚の歌」「珊瑚礁の彼方」「小さな竹の橋」「カイマナヒラ」「南国の夜」「ブルーハワイ」など全部で25曲のハワイアン・ミュージックが納められています。

このうち5曲を以前紹介したテレサ・ブライトが歌っており、たかが本の付録と言うには贅沢なCDとなっています。

「アロハ」というハワイの言葉には、単に挨拶という意味合いだけでなく、愛・好意・思いやりなどの意味も込められているとのことです。

このCDブックは、まさにそうしたアロハ・スピリットで綴られているように思います。


和琴と洋琴のコラボ (2008.01.06)

正月の頃によく耳にする音楽に筝曲があります。

筝(琴)を用いた楽曲の中でも、特に有名なのが尺八との合奏曲「春の海」でしょう。

この曲は作曲者・宮城道雄(1894〜1956)の父親の故郷である、福山市鞆の浦の情景を音楽にしたものです。

彼自身は神戸の生まれですが、現在鞆の浦には彼の銅像が建立されています。

宮城の作風は、日本の伝統音楽に西洋音楽の要素を取り入れたという特色があります。それは構成感(形式感)と拍節感の明晰さや、主旋律と伴奏の対比という形で現れています。

「春の海」も、琴と尺八の絶妙な対比が聴かせどころとなっています。

この曲が発表されたのは昭和4年(1929)のことですが、同7年(1932)にはこの曲の美しい旋律に感動したフランス人バイオリニストのルネ・シュメーによって尺八のパートがバイオリン向けに編曲されました。その年には宮城とシュメーの共演によるレコードが日・米・仏で発売されています。

勿論当時はSP盤ですが、後年写真のようにLP盤として再販されています。10インチ(25�僉鉾廚如△�そらくは母が嫁入り前の嗜みとして琴を習っていた頃に購入したものと思われます。

2曲目の「さくら変奏曲」もまた、西洋音楽の影響が色濃いものです。そもそも変奏曲という概念自体西洋音楽のものですし、その変奏の中にワルツが登場するのも宮城の作風からすれば何の不思議もありません。

因みにこのレコードのB面には「さらし風手事」「数え唄変奏曲」の2曲が収められています。

 
余談になりますが、かなり前にテレビの「名曲アルバム」という番組で「春の海」が取り上げられたことがあります。その時、一瞬演奏者が映ったのですが、それを観てびっくりしました。

てっきり琴と尺八だと思っていたのが、実はハープとフルートだったのです。

すっかり騙されてしまいました。[:汗:]  


話術にも長けた指揮者(2008.03.08)



LEONARD BERNSTEIN/NE/プロコフィエフ: ピーターと狼/サン=...
 

ニューヨーク・フィルハーモニックと言えば、アメリカを代表するオーケストラとして有名ですね。

先年、北朝鮮でコンサートを開き、大変な盛況だったそうですが、そのNYフィルを世界的なオーケストラに育て上げた人物として知られているのがレナード・バーンスタイン(1918〜90)です。

彼は1958年に、アメリカ人として初めてNYフィルの音楽監督に就任、69年に退任するまでの間、このオーケストラの黄金時代を築き上げました。

特にCBSレコードと録音契約を交わした際には「彼の録音に際しては、録音曲目の決定をほぼ彼に一任する」という厚遇を受けたそうです。

そんな彼は又、話術にも長けており、特に「青少年コンサート」というテレビの企画では、テーマの選定だけでなく楽曲の選定と構成、台本執筆に至るまでを担当、自ら解説者として出演もしていました。

そんなバーンスタインの話術に接することができるレコードが我が家にもあります。

「ピーターと狼」「動物の謝肉祭」のカップリングで、ここではバーンスタインが指揮と共にナレーションを担当しています。

父が、子供の情操教育のためにと買ったものですが、いろんなレコードがある中で、当初これを買うべきか迷ったそうです。

無理もありません。バーンスタインの語りは当然英語ですから。

でも、解説書には英文スクリプトとともに日本語対訳が付いており、それを眼で追えば大体何を言っているかはわかります。子供の頃の私も、おぼろげながら「ああ、今このあたりだな」と理解していました。

それに、彼独特の語り口調は、日本人の吹き替えではなかなか再現できないように思います。今にして思えば、父の選択は間違っていなかったように思います。

 
「ピーター…」は、物語に音楽を組み合わせた試みで、ロシアの民話を元にプロコフィエフがシナリオと作曲を手掛けた作品です。

バーンスタインの語りは概ねオリジナル台本に沿ったものとなっています。

また「…謝肉祭」は、随所にパロディ精神が発揮されているサン・サーンスの作品です。

例えば、「亀」という曲では「天国と地獄」のメロディをわざと遅いテンポで演奏して、亀のスローな足取りを表現しているし、また「象」という曲では、「ファウストの劫罰」の「妖精のワルツ」や「夏の夜の夢」の「スケルツォ」といったフレーズがコントラバスの重低音で演奏され、象の重い足取りを表現しています。

元来解説のつかないこの曲を、バーンスタインはその巧みな話術でユーモラスに解説しています。

しかもこのレコードでは、若いソリスト達を招いてのジョイントという試みもしているのですが、中でも特筆すべきは「白鳥」の曲を何とコントラバスに弾かせていることです。

演奏しているのは当時21歳のゲーリー・カー、彼はその後もソロのコントラバス奏者として活躍し、大成功を収めましたが、バーンスタインとの出会いがなければ、きっとここまで成功することはなかったでしょう。

上記リンクで紹介されているCDには他に「青少年のための管弦楽入門」と言う曲も収められていますが、これも解説つきの楽曲として有名です。


アイドルの流れを変えた人 (2008.03.20)

Seiko・plaza

1970年代までのアイドルは、どこか雲の上のような存在でした。

山口百恵さんも、私にとってはどこか遠い存在に感じました。

しかも彼女の場合、結婚と共に芸能界から引退しており、そのことで尚更神格化されているように思います。

その点、80年代に登場したアイドルは、自分とほぼ同世代だったこともあるのでしょうが、どことなく身近に感じられました。

殊に松田聖子さんは、その髪型や生き様も含めて、同世代の人々に多大な影響を与えたと言っていいでしょう。それまでは結婚即引退が通り相場だった中で、結婚・出産を経てもなおアイドルとしての輝きを失わなかったのは彼女が最初ではないかと思います。

また、それ以前は余りおおっぴらにアイドルの悪口を言ったりする所謂アンチの存在は事実上黙殺されていました。それがいわば市民権を得たきっかけも実は聖子さんでした。

彼女こそ、まさにアイドルの流れを変えた人物と言っても過言ではありません。

3月10日が誕生日ですが、40代半ばを過ぎても未だに衰えを知らないのはさすがだと思います。

そんな聖子さんのベストCDが実は私の手元にもあります。 元は妻が購入したものですが、その"Seiko・plaza"(詳細は画像クリック)は1983年11月の発売、その時点までに発売されたシングルA面曲の全てと、シングルB面やアルバムから目ぼしい曲を集めた2枚組です。

当時はCDと共にLPでも発売されたのですが、そちらでは最後の2曲(WITH YOU、小さなラブソング)はおまけのEP盤という形でした。とりわけ「WITH…」はこれが初出で、極めて稀な選曲となっているそうです。

歌手・松田聖子の軌跡を辿るにはもってこいのベスト盤です。


ギターを愛した作曲家(2008.04.06)



鈴木大介/武満徹 ギター作品集成
 

20世紀後半に活躍したクラシック畑の作曲家は、ラジオやテレビ、あるいは映画といったメディアを通じても、その作品を発表してきました。

それまでの作曲家にとって、作品発表の場がいかに少なかったかがわかります。

今回紹介する武満徹(1930〜96)もその一人です。

彼は映画音楽を普段は使い慣れない楽器や音響技術などを実験・試行する場と位置付けていて、例えば「切腹」(1962)では琵琶、「暗殺」(1964)では尺八、また「怪談」(同年)ではそれらに加えて三味線や胡弓を用いました。

またテレビでも大河ドラマ「源義経」(1966)やドキュメント「未来への遺産」(1974)などの音楽を手掛けています。

しかしそんな武満がこよなく愛した楽器、それはギターでした。

彼は作曲活動の初期の頃から撥弦楽器(はつげんがっき・弦をはじいて音を出す楽器)を重用しており、とりわけギターには強い愛着を持っていたといいます。

取り上げたCD「武満徹・ギター作品集成」(詳細は画像クリック)では、初期の映画音楽「不良少年」(1961)から晩年の「森のなかで」(1995)まで、武満がギターの為に書いた作品がほぼ網羅されています。

その中には実は編曲も含まれており、文字通りCDのラストに収められている「ラストワルツ」は、エンゲルベルト・フンパーディングが歌ったスタンダードナンバーとして有名です。

また、「ギターのための12の歌」は、ギター音楽のレパートリーの狭さに不満を持った武満が、良く知られた楽曲をギターソロ用にアレンジして、ギターという楽器の可能性を広げようとした作品です。

次の12曲からなります。

ロンドンデリーの歌

虹の彼方(Over the rainbow)

サマータイム(ガーシュイン曲)

早春賦(中田章・曲)

失われた恋 星の世界(コンバース曲)

シークレット・ラブ

ヒア・ゼア・アンド・エブリウェア(レノン&マッカートニー曲)

ミッシェル(同上)

ヘイ・ジュード(同上)

イエスタデイ(同上)

インターナショナル(組合歌)

何れもオリジナルの持ち味をギターソロに生かした出来となっています。

演奏する鈴木大介(1970生)は、古典作品から現代音楽まで幅広いレパートリーで活動を続けるギタリストで、独特の武満メロディーを表情豊かに表現しています。


ピアノも指揮も超一流(2008.04.22)



ダニエル・バレンボイム(p、cond)/モーツァルト: ピアノ協奏...



ダニエル・バレンボイム(p、cond)/モーツァルト: ピアノ協奏...

モーツァルトは、当時まだ出始めのピアノという楽器に対し、それまでの鍵盤楽器の主流だったチェンバロとは異なる音色を楽しもうと興味を持ち、「トルコ行進曲」に代表される独奏曲、あるいは協奏曲を数多く手掛けました。

中でも1785年、彼が29歳の年以降に作られた8曲の協奏曲は、その後の同様の作品に比べ、その表現がより豊かに拡大した節目と言われます。

具体的に言えば、楽器編成の拡大とポピュラー様式の採用です。

前者について、それまで使われなかったトランペットとティンパニを加えたことで、より音楽にスケール感が出てくる効果は絶大でした。

また後者について、第二楽章に初めて「ロマンツェ」(言葉本来の意味は「素朴な歌」)なるタイトルをつけたことで、より親しみやすいメロディーを取り入れることに挑みました。

稀代のメロディーメーカーだったモーツァルトの面目躍如といった所でしょうか。

そんなモーツァルトの後期ピアノ協奏曲のうち、第26番「戴冠式」の緩徐楽章は以前紹介したCDにも収録されていますが、それらを全て楽しむことが出来るのが今回紹介した「後期8大ピアノ協奏曲集」です。

後期8大というのは20番から27番までの8曲のことで、私の手元には、このうち23番と27番のCDがありますが、何れも実はトランペットとティンパニを含まない編成で書かれた例外的なものです。

このCDで指揮とピアノ独奏の両方を手掛けているのがダニエル・バレンボイム(1942生)です。

彼は20代の時既に、イギリス室内管弦楽団と組んでモーツァルトのピアノ協奏曲集を録音していますが、この時も独奏兼指揮(実は初演時もそうだった)を手掛け、ピアニストと楽団員個々人の親密な対話を試みました。

このCDでも、強者揃いのベルリン・フィルをいとも簡単にその手中に引き摺り込んでいて、実に感心させられます。

実は同じ音源がビデオとしても出回っていたそうで、それを観ればバレンボイムのスケールの大きさが実感できるように思います。


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