メディア談義��
4月1日(2007.04.01)
4月1日はエイプリル・フールですが、皆さんはその日、誰かに騙されたり、あるいは誰かを騙したりしましたか?
本来なら誤報の許されない新聞・テレビなどのマスメディアでも、この日ばかりは無礼講とばかりに嘘ニュースを流すのが、欧米では一般的です。
これは高校の英語の教科書で読んだ話ですが、イギリス・BBCの権威ある報道番組で、ある年のエイプリルフール企画として、こんなリポートが放送されました。
「スパゲティのできるまで」と題されたそのリポートでは、まず畑一面に植わるスパゲティの木にスパゲティの実がたわわに実る様子を映し出し、続いて農園主がスパゲティの収穫に精を出す様子が映し出されました。
勿論、スパゲティの木など実在しません。あれは小麦粉を原料に工場生産されるものです。
しかし、そのリポートはいかにもスパゲティの木が実在するかのようなリアリティーがあったといいます。
不思議なことに、局に対する苦情は殆んどなかったそうです。
これが日本ではどうでしょう?
東京新聞が毎年エイプリルフール企画として、「ハチ公の子孫が発見された」だの「東京タワーが傾いた」だのの嘘記事を掲載しているそうですが、ただこれも比較的最近になってのこと、昔だったら「新聞が嘘つくとは何事だ!」という苦情が、きっと翌年の4月1日まで続いたことでしょう。
コメント欄から
○だいぶジョークが通用するようになったみたいですが
日本はまだまだかな。 (NON)
●まあどうしても、メディアは嘘をつかないというのがこの国の常識でしたからね。
今では日常的に嘘ばかり垂れ流すのが日本のメディア、困ったものです。 (うみがめ)
○子供の頃はこの日とばかり、いい加減なことをいって笑い転げた記憶があります。最近はやってませんね。面白いジョークがいえるといいのですがナナ〜♪ (ナナ)
●そう言えば私も中学の頃「実は天皇の子孫だ」(亀山天皇は南北朝時代に実在)なんて嘘を言ったことがありました。 (うみがめ)
○それは、よくできた嘘ですナナ〜♪信じちゃいますよ〜ウフフ。(ナナ)
●もしかしたら、家系図を辿れば本当に天皇ともつながっているかもしれませんが… (うみがめ)
○ひょっとしたら、そうかもしれないですね。 「嘘から出たまこと」.....? というのかナナ〜♪ (ナナ)
○ブログ辞めますって記事書いたら大騒動になった苦い経験が(笑)
おとなしくしてますが、何かいたずらしたいなあ・・・。(poket)
● みんな同じこと考えるものだな…
実は私も、今回の記事の書き出しをそんな風にしようかな、と一瞬考えました。 (うみがめ)
○大人になってジョークって呼べるやりとりが ないですね。
中学生くらいのころは4月1日はけっこう騙しあい をしてましたね。
嘘だとわかっていても騒いでました。
いつから忘れてしまったのかなぁ。
まだ完全に日本の文化として定着していない のでしょうか。 (防人)
●恐らくこれは、NONさんへのレスにも書いたように、4月1日に小さな嘘をつくより、日常的に大きな嘘をつくのが日本人の国民性だからかもしれません。(うみがめ)
○なるほど! うみがめさんの言うとおりかも。 マスコミも含めて騙されているのかなぁ。(防人)
○私、東京新聞を購読してましたけど、私が東京を去った2001年くらいからやってるようです。うみがめさんの予想通り、最初は非難が殺到したそうです。
でもあの新聞は、もともと東京の「粋」を伝える都新聞の系統だし、庶民的なつくりをウリにしてますので、シャレの分かる新聞として続けてほしいですね。 (かじか)
●なるほど、そういう下地があったのですね。(うみがめ)
腸捻転でした(2007.04.13)
別に私が腸の捻れる病気に罹っていた訳ではありません。
ここでいう腸捻転とは、かつての東京‐大阪間のテレビネットワークのことです。
今でこそ、大阪の毎日放送(MBS)はTBS、朝日放送(ABC)はテレビ朝日とネットを組んでいますが、1975年3月まではこれが逆でした。ただこれでは別な新聞社のグループ企業同士がネットを組むことになるということで、その年の4月改変に合わせて、新聞社を軸とする今の形に再編されたのです。
とはいえ、それは新聞社及び系列のテレビ局側の都合、視聴者には正直どうでもいいことです。だから、その前の年の11月、新聞の見出しに「朝日放送、NET(→テレ朝)系に」とあるのを見た私は驚きました。当時私は小4でしたが、民放が地域ごとに別会社になっていることは既に知っていました。
記事を読んだ私がとっさに考えたのは「大阪から発信されている番組はどうなってしまうのだろう」ということでした。ネット改定に合わせて全て打ち切りにされるかも、と不安になったのです。しかしそれは杞憂にすぎませんでした。
それから2か月して、新聞に「ネット改定に合わせ人気番組も入れ替え」と出たのです。
つまり、TBSとNETがそれぞれ大阪から受けている番組を、その発局ごとトレードに出す、と言うわけです。私もこれを読んで一安心しました。
あれから30年余り、ABCは当時弱体キー局だったテレ朝と組んだことでむしろ自主制作を強化、とりわけ地域密着の朝ワイドなどを編成することにより、今なお西日本最大の民放の座を揺るぎないものにしています。テレ朝も、ネット改定の2年後にNETから名称変更して以来、着実に力をつけてきました。
では、TBS−MBSには何の得もなかったかと言えば、それは違うと思います。MBSはTBSの人気番組を得た事で視聴率のかさ上げに成功したし、TBSも「ヤングおーおー」や「アップダウンクイズ」といったMBSの人気番組をラインアップに加えることができました。
このところのTBSの凋落はネット改定とは無関係のいわば自滅とも言うべき事態です。まあ、これは今日のテレビ業界全体の問題でしょうが…
腸捻転解消について詳しくは、"good! sun"をご参照下さい。 「ラジオ・テレビ 放送の頁」→「ブロードキャスト・ダイアリー」→「腸捻転って何ぞや」と進むと、かなり詳しい話が出ています。
コメント欄から
○仮面ライダーが東京の場合は、テレ朝からTBSに放映が変わったものなぁ!!
今は、テレ朝ですけど・・・・。 (Colour)
●仰る通り、かつての仮面ライダーはMBS発でしたから、東京では局が変わりました。 今はテレ朝発になっており、逆に大阪で局が変わったことになります。
事実、腸捻転解消が発表された当時MBSには「仮面ライダーはABCに行ってしまうのか」といった問い合わせが殺到したといいます。確かに、特撮ヒーローものに大阪局が関わっているとは考えにくいものがあります。
まあ、結局はこの質問の通りになってしまいましたが…(うみがめ)
○ 私は1972年生まれで、このことはなぜか小学校の時に知ってしまいました。当時から新聞を読むのが好きで、大工をしていた父(故人)に連れられた建設現場でたまたま拾った1960年代の某全国紙のテレビ欄を見て、ある有名番組の解説で「毎日系」であるべきところが「朝日系」になっていた…というのが出発点です(当方四国在住)。 (かわぐち・まさし)
●そうなんですよね。西日本では全国紙の番組紹介は大阪局の名前で書かれることが多いから、TBSの番組も「毎日系」と書かれる訳です。それが昔は「朝日系」だったのが不思議だった、ということですね。(うみがめ)
○大学生になるまでは鹿児島に住んでいたので、 当時、テレビのチャンネルも多くなかったように記憶しています。
大阪に住んでいた兄が帰省したとき、民放の放送番組を見て、 幾つかの系列の番組が放送されていると言っていたような・・・・。(戌年男)
●ご指摘の通り、70〜80年代、多くの地方では民放は2〜3局しかありませんでした。
だから、地方には複数の系列から番組供給を受ける所謂クロスネットの放送局も珍しくありませんでした。
お兄様が言っているのはそのことかと思います。 (うみがめ)
○東海地方にはこれに先立ち(といっても関係あるわけではありませんが)、NTV系メインでNET系とのクロスでエエトコドリをしていた名古屋テレビと、そのオコボレに甘んじていた中京テレビとが、現在のようにNTV−中京、NET−名古屋テレビというネットワークに変わりました。
そうなると中には中京→名古屋→CBCと渡り歩いた番組もあったかもしれないですね。
MBSはキー局になろうとしてましたが、TBSと組んだことでその野望は断たれ、東京12チャンネルとの択一もできなくなってしまいました。
ABCは朝日系に与える影響力がホント、他在阪局より強いですね。
大阪本社版の朝日新聞の番組欄って、1990年頃まで在阪局の名前で番組案内をしてたのが、その後はキー局名に変わりました。京都や鳥取で読んでたので知ってます。でも、以前在阪局だった理由や変えた理由が知りたいですね。私としては東京に合わせたほうが分かりやすいと思うのでよいと思いますが。(かじか)
●名古屋のダブルクロス解消については、私もどこかで読んだことがあります。
それまで不遇をかこっていた中京は日テレと組んだことで視聴率でも首位を争える位置に来た反面、メーテレはテレ朝と組まされたことでメーソー(迷走)を続けている訳ですね。
大阪朝日の番組紹介が変わったきっかけは、朝日放送テレビの通称が「朝日テレビ」から「ABCテレビ」と変わったことに関係しているかと思われます。 (うみがめ)
○テレビ欄の話はそういうことではなくて、番組紹介欄でそれまでは「関西系」だったのが「フジ系」、「読売系」が「日本系」、「毎日系」は「TBS系」と書かれるようになった、ということです。これが不思議なんですよ。
(なお朝日系のみ「朝日系」のままでした。テレビ東京系のはよく覚えてないですね。系列のない地域が大阪本社エリア内に多かったので書かれなかったのでしょう。)
なお名古屋テレビは最近、朝日系全体の浮揚と共にようやく元気になりつつあるようです。(かじか)
●恐らく朝日新聞としては、自社の系列であることを強調したいがために「ABC系」ではなく「朝日系」の名称にこだわった、そのあおりで他系列の表記も在阪局から在京局に切り換えたのではないか、と思います。(うみがめ)
高知が育んだアナウンサー (2007.04.19)
特定の放送局に勤めるアナウンサーは、確かに話術の専門職ではありますがあくまでも普通のサラリーマン、芸能人に比べれば本来そんなに派手な商売ではありません。終身雇用が当たり前だった時代は、一旦入局してしまえばそこで定年まで勤め上げるのが普通で、ある程度顔と名前が売れた時点でフリー宣言する人はむしろ少数派、それも殆んどはNHKか在京民放の人でした。中途退職するのは、大概その地域に新しい放送局が出来た時に引き抜かれるか、あるいは女性の場合は所謂寿退職かと相場は決まっていました。
しかし近年、終身雇用は形骸化し、また一部マスコミが特に女性アナをタレントまがいにちやほやする傾向が見られることからか、より良い条件を提示する所があればいつでも移籍する、結果特定の地域に根付かないアナウンサーが地方民放でも登場するようになりました。
その中で、かつては高知の放送局に在籍していた人を何人かご紹介します。
一人目は、テレビ神奈川(TVK)の尾辻舞アナウンサーです。
TVKのHPにある個人ページ http://www.tvk-yokohama.com/ans/otsuji.html
彼女は元々横浜の生まれ、大妻女子大を卒業後、1999年に高知さんさんテレビに入社、人気者となります。
さんさんテレビ在籍時の担当番組 http://www.sunsuntv.co.jp/satamaga/gourmet/b_number_2002.html
しかしやはり地元指向が強かったのか、2003年にTVKに移籍しました。2005年には結婚もしています。
彼女をテレビで見かけた妻は「こいつ、ブリッコしとる!」とかなり手厳しい評価を下していましたが、それが結果的に人気につながったのでしょう。それ以来、さんさんに入社する女性アナには何故か「舞」という名前の人が続きました。名前だけで採用しているはずもなかろうに…
二人目は、中京テレビ(CTV)の加藤泰子アナウンサーです。
彼女は元々名古屋の生まれで、関西(くゎんせい)学院卒業後、2001年にテレビ高知に入社、そこでは毎年夏休みに開催される素人のど自慢番組などを担当していました。しかし彼女もまた地元指向が強かったからか、2005年にCTVに移籍しました。
彼女に対しても妻は「こいつ、ムチムチしとる!」と手厳しい評価を下していました。とはいえ、その飾らない性格が好かれたのでしょう、2006年に結婚しています。
テレビ高知時代の同僚のブログ記事より http://getchuchu.exblog.jp/4882825/
もう一人、岩手朝日テレビ(IAT)の樋口綾子アナウンサーは、高知県安芸市の出身で、立命館大学卒業後の2001年からNHK高知で契約キャスターを務め、2004年IATに社員アナウンサーとして入社しています。つまり、尾辻さんや加藤さんとは逆に、生まれ育った高知から縁もゆかりもない岩手に来た事になります。
IATのHPにある個人ページ http://www.iat.co.jp/Ana/higuchi/index.html
若手の社員アナの中には最初から契約という人もいて、契約期間満了に伴いよそへ移籍する人も珍しくないそうですが、いずれにせよ、かつて高知にいた彼女達の事を、私は他地域に移った今でも応援しています。
もし皆さんが彼女達を見かけることがあったら、是非今回の話を思い出して下さい。
(追記 2009.01.08)
樋口綾子アナは2008年3月限りで岩手朝日を退社、翌月から再び高知に戻り、NHKの契約キャスターに復帰しています。
詳細はこちら http://www.nhk.or.jp/kochi/announcer/kojin/higuchi.html
また、加藤泰子アナは2008年9月限りで中京テレビを退社、現在は静岡県のテレビ局でタイムキーパー・報道デスク補佐などの裏方業務に就いているとのことです。
みんな新天地でも頑張れ、今はそう願うばかりです。
コメント欄
○人気アナウンサーは引っ張りだこですd(゜ー゜*)ネッ!! (ま〜ま)
● ただ、地方に住む者にとっては、アナウンサーに余り人気が出るのも痛し痒しです。
NHKの人ならいつか他の地方(東京とは限らない)に飛ばされるし、民放でも最近はちょっと人気が出るとこのように他地域の局に移籍してしまうし…(うみがめ)
○ 東京に転勤になれば全国放送で見れますが・・・
他地域に飛んじゃうと中継で見れるか、見れないか(≧ω≦)b (ま〜ま)
●確かに、東京や大阪などの基幹局への移動なら全国で見かける機会も多いですね。
ただその場合も、一視聴者として栄転したのは嬉しい半面、もう少しその地域で頑張ってほしかったという一種のジレンマに陥るように思うのです。(うみがめ)
○なるほどぉ〜(≧ω≦)b
その逆もありかも?
人気アナが地方に!!ありえないかぁ〜
リフレッシュに地方もいいけどd(゜ー゜*)ネッ!!(ま〜ま)
●まあ、どうしても東京から地方への移動は、ともすれば都落ちというマイナスイメージで見られがちですが、地方の活性化という側面から見ると、それもありかもしれませんね。(うみがめ)
続・高知が育んだアナウンサー(2007.07.25)
上記記事以外で、高知から他地域に移籍したアナウンサーをご紹介します。
2007年4月、一人の女性アナウンサーが高知から静岡に活動の場を移しました。
高塚奈央子アナウンサーです。
静岡放送公式HPよりhttp://www.digisbs.com/anno_list/anno/takatsuka.htm
彼女もまた、上記記事で紹介した尾辻アナや加藤アナと同じく、地元に帰る形となりました。
静岡県御前崎市出身、神奈川大学卒業後の2004年にRKC入社、高知ではデジタル推進大使に任命されるなどの目覚しい活躍を見せましたが、2007年の4月1日付でSBSに移籍しました。
移籍するのは女性ばかりではありません。
男性アナの中で、高知から他地域に移籍した人をここでまとめて紹介します。
五十嵐圭(さんさんTV→あいTV) http://www.itv6.jp/announcer/
千葉県市川市出身。東洋大卒後の2001年さんさん入社。2006年1月ITV移籍。
小澤良太(さんさんTV→TV北海道) http://www.tv-hokkaido.co.jp/ana/ozawa/index.html
鹿児島市出身。吉備国際大学卒業後の1997年さんさん開局と共に入社。2004年6月TVH移籍。
林和人(さんさんTV→北海道TV) http://www.htb.co.jp/announcers/profile/hayashi.html
岐阜県大垣市出身。 早稲田大学卒業後の1999年さんさん入社。2002年HTB移籍。
平井理弘(高知放送→和歌山放送) http://wbs.co.jp/personality/index.html
吉田鉄太郎(さんさんTV→FM沖縄) http://www.fmokinawa.co.jp/
(HPは何れも現在の所属放送局のもの)
かつて高知では同じ釜の飯を食った小澤氏と林氏が、現在北海道ではライバル局同士でせめぎあっているのは注目に値します。
また、平井氏と吉田氏は、テレビからラジオに活躍の場を移した形になります。 もし皆さんが彼等を見かけることがありましたら、今回の記事を思い出していただければ幸いです。
土佐の夏の風物詩(2007.08.06)
地方局は在京キー局の番組だけやっておれば良い、という意見があります。しかし、それでは地域の自主性が損なわれてしまいます。その地域に根ざした番組こそが地方局の命です。それが場合によっては、地方発の全国向け番組に発展する場合もあります。
今回は、高知の夏の風物詩として定着したテレビ番組の話です。
「歌って走ってキャラバンバン」と題するその番組、テレビ高知(KUTV)で1977年の夏にスタートした長寿番組です。
(ウィキペディアの記載より)
その内容は、タイトルからお解りと思いますが、高知県内20会場を巡回する素人のど自慢で、後日各会場の優勝者を集めての決勝大会も行われます。
各会場での公開収録は、私も観に行ったことがあるのですが、出場者の応援に駆けつけた人達はもちろん、近所に住む人達も集まって、実にほのぼのとした雰囲気です。
実際の番組を観ていても、そうした手作り感が伝わります。
その人気にキー局TBSも目をつけ、これをヒントに「街角テレビ」なる番組を放送していたことがあります。
一方決勝大会は、出場者も司会者(会場予選ではTシャツにジーンズという服装)もドレスアップ、これはレコード大賞を意識したものだそうです。
この時はゲスト歌手も呼ばれるのですが、例年滅多に高知に来る機会のない大御所が呼ばれ、その点でも注目されています。番組担当プロデューサーがレコード大賞の審査員として上京した際にブッキングを済ませるらしいです。
彼は、KUTVが開局した1970年に入社したアナウンサー一期生で、TBS系朝ワイドのリポーターも務めていました。そのせいか、私は高知に来る以前から知っていました。92年にKUTVを退社してからは、活動の場を東京に移し、フリーアナとして活躍しています。
彼曰く、キャラバンは単なる素人のど自慢ではなく情報番組だ、つまり、番組の公録自体がその地域のニュースであり、番組の冒頭で地域の特産や名所を紹介、本編では地域の名物人間が登場し、(主として)その時のヒット曲を歌う、そうしたあらゆる情報を盛り込んだことが長年続いた一番の要因だ、とのことです。
その番組の中で、その年から司会を担当する事になった藤崎美希アナが、実は小学生の頃にこの番組に出場、決勝に駒を進め遂には優勝した、という経歴が紹介されました。これには、この時の司会だった横山氏もびっくり、彼女こそキャラバンの申し子と太鼓判でした。
司会者は何代かに亘っており、上記記事で紹介した加藤泰子アナも高知時代に担当していました。
今後とも末永く続けて欲しい番組です。
(追記)
藤崎アナは、2007年の巡回収録の途中で体調を崩し、そのまま担当を外れました。
コメント欄から
○へー、「キャラバンバン」って「街かどテレビ」の原型だったんですね。私は街かどは見たことないですけど、聞いたことはあります。
戦後、放送局が一つしかなくしかも中央集権だったため、多くの放送局・多くの拠点という地方分権の思想のもとに、現在の放送法ができました。しかし地方に二局目が出来て以降、特に平成に入ってからは、すっかりキー局主導になってしまいました。でも、あまりに全国同時ネットが当たり前になってしまい、放送法がそんなルールになってることも殆ど知られてません。地方ではむしろ東京が有難がられている有様です。
そんなに東京が欲しけりゃ、全国ネット番組はBSに上げろ、といいたいです。 (かじか)
●放送業界の中央集権の弊害は、災害報道で如実に表れているように思います。 台風が日本本土を直撃しても、関東に直接の被害が出ない限り全国ニュースで取り上げられる事はありませんからね。 (うみがめ)