メディア談義��


Gコードよ、どこへ行く?(2007.02.24)

新聞や雑誌のテレビ番組表を見ていると、番組ごとに最大8桁の数字が併記されていることに気付きます。Gコードと呼ばれるその数字をビデオデッキに打ち込むだけで、録画予約が完了する優れものです。

このシステムを1988年に開発したアメリカのベンチャー企業・ジェムスター(その頭文字を取ってGコードと言う)は、純粋に人々をビデオ予約の煩雑さから解放させる目的でこれを生み出しました。1992年春には我が国にももたらされましたが、その当初の目的は他にもありました。

ジェムスターと初めてライセンス契約を結んだ日本企業は朝日新聞でした。同社は、全国的には読売新聞に、地域レベルではその地域の地元紙に市場占有率で劣っており、その劣勢を跳ね返す最後の切り札としてビデオ予約の革命児・Gコードを独占的に扱うことを決意します。そして、ジェムスターの日本法人が売り出したGコード対応のリモコンを、自社の販売店のルートでも扱うようにしました。導入の時点では、まだどのメーカーもGコード対応のビデオデッキを売り出していなかったからです。

しかしジェムスターとしては、ライセンス契約料が多く入れば入るほど儲かる訳ですから、始めから朝日に独占させるつもりなどありません。やがて、各メーカーからGコード対応のビデオデッキが相次ぎ発売され、それを掲載する紙誌も「TVガイド」「ザ・テレビジョン」といった番組情報誌はもちろん、92年暮には遂に読売も掲載に踏み切ります。かくして朝日が目論んだ販拡作戦は失敗に終わります。

現在Gコードは、テレビ番組表を掲載している殆んどの紙誌で見られます。録画機も、一部を除きこれに対応しています。

Gコード非掲載の紙誌としては、一部の地方紙、例えば高知で80%台のシェアを誇る高知新聞があります。それは何故か、と高新に問い合わせたところ、こんなことを言われました。

「当社の方針として、できるだけ本来の番組情報を多く伝えたい、というのが理由のひとつです。加えて、テレビのデジタル化が進む事により電子番組表が普及、そうなるとGコードは最早不要となります。そんな時代を先取りする意味もあるのです」

なるほどそう言われてみれば、BSデジタル局にはGコードがついていません。電子番組表の中の録画したい番組のところをクリックすればそれで予約は完了します。

Gコードを導入しないなんて時代遅れだと思ってましたが、周回遅れがトップになるとは正にこのことを言うのでしょう。

いずれGコードはアナログ時代の遺物、と言われる日が来るかもしれません。

コメント欄から

○Gコードって一度も使った事無いうちにネット番組表で予約してPCで録画出来るようになってしまったので一度くらい試してみたかったなぁ・・ (まだらや)

● 私自身も、Gコードは利用していません。

手持ちのビデオデッキは対応機ですが、自宅でとっている新聞が非対応なもので…(うみがめ)

○周回遅れがトップ…上手い表現だなぁ。(笑)

座布団1枚!

そう言えば、Gコードの前に、 パナソニックがバーコード予約なんて物を出してましたよね。

バーコード予約は、すぐにGコードに切り替わってしまいましたが…。

どちらも、フルに利用してました。(笑) (KOJI)

●そうそう、ありましたね。

バーコードはよく読みとりエラーを起こしていたから普及することなく姿を消した、と聞いたことがあります。 (うみがめ)

○Gコードは便利でしたね〜。あの暗号を解読しようと試みましたが挫折しました(^_^; (ポン太)

○Gコードは好きじゃないですね。だって録画って、チャンネルと開始日時と終了日時と録画モードを入れれば終わりじゃないですか。それもできない人のために、わざわざ番組表で番組情報を削ってまで番号を入れるだなんて・・・。  

特に、独立U局の番組表があのためにどんなに酷くなったかを見るたび、そう思います。  

私はケーブル経由でBSデジタルやCSを見ていますが、録画システムを使ったことないですね。(かじか)  

● 確かに、ある程度機械操作に慣れた人なら「ビデオ予約?そんなの簡単さ」と言えるでしょうが、そうした機械操作を煩雑だと考える人はやはりいるわけで、その限りにおいてはGコードは画期的な発明ではないかと思います。

ただ、その為に番組表のスペースが犠牲になっているという事実にも眼を向けなければいけませんね。

あと、Gコードの最大の欠陥は、突発的な番組変更に対応出来ない、という点でしょうか。

スポーツ中継の後続番組のように、中継延長が前もって予想出来るときは録画延長設定すればいいのですが、事件事故の影響で臨時ニュースが挟まったときはもうアウトです。

電子番組表と連動した予約システムは番組毎に設定されているから、このような事態でも確実に録画できる、とのことです。 (うみがめ)

○確かにそうですね。

ところで、 ケーブルの我が家の場合には、 通常の放送だと番組表があり、 それだけで済むので便利なのですが、 BS放送などは、番組表がないようでして、 Gコードとケーブルの2つを入力しなければなりません。(戌年男)

●そのケーブルテレビというのは、難視聴解消用に地域ぐるみで加入しているものでしょうか、それともケーブルならではの魅力的なチャンネルに惹かれて自主的に加入したものでしょうか? (うみがめ)

○不正確ですが、両者です。

初めからケーブルテレビと契約することになっていて(!?)、 ただし、契約するときにチャンネルを選択したような記憶です。

お得な契約があったような??? (戌年男)

●私の親が以前宮古島に住んでいた当時、地上波テレビはNHKのみで、その為官舎ぐるみでケーブルテレビに加入していました。民放番組の遅れ放送や、衛星放送が楽しめたのですが、これに対して父は「もったいない。NHKさえ見れれば満足なのに」と話していました。(うみがめ)

○アンテナを立てて直接受信する以外のやり方については、単に地域等で共同のアンテナを立てて各世帯に分配する「共聴」という方式もあれば、ケーブルテレビ会社が参入する方式もあります。後者の場合、難視聴対策ということで費用が無料のことも多いようですが、地上波以外を視聴する場合は契約料金が必要になってきます。  

地方の場合、「多くの世帯が加入しないと費用が下がらない」「建物で契約するので加入者を増やしたい」という点で、地方独特のしがらみが介入し、事実上の強制になることも多いみたいですね。いまデジタル化で、共聴を減らして3セクのCATVに移行させようというところも多いみたいですが、やはりしがらみ作戦のようです。  

宮古でなく石垣の場合だと、ドキュメンタリーを制作して地上波全国ネットで流す、ということまでやってました。(かじか)

●徳島でも、やや内陸部にある穴吹・鴨島あたりでは、共同視聴によって大阪波を受信している、と聞いたことがあります。

これもその伝でいけばいずれケーブルに移行させるつもりでしょうか?(うみがめ)


フランス王妃の虚と実(2007.03.03)



Movie / マリー アントワネット

皆さんは、フランス国王ルイ16世の妃マリー・アントワネットと聞いてどんな人物を連想するだろうか?

一般には、浪費家で、快楽的で、その為にフランス革命に蜂起した民衆の反感を買い、最後には革命政府により裁かれ、斬首刑に処せられた稀代の悪女というイメージが強いようだ。

実は私もその一人だったが、映画「マリー・アントワネット」を観て、その認識が改まった。

物語は、マリーがオーストリアの名家・ハプスブルク家からフランス王家に嫁ぐ所に始まり、革命により国王一家が宮殿を後にする所までを描いている。

この映画の前半は、自由奔放に過ごしていた少女が、因習に満ち満ちた王家に嫁いだことから生じる戸惑いを軸に描いている。その中で、実は彼女の浪費癖は、子宝に恵まれない事への焦りと、それに対する周囲からの有形無形のプレッシャーが彼女に多大なストレスを与え、そのはけ口としてのものだったことがわかった。

それと共に彼女は「私の幸せは国全体の幸せ」と信じて疑わない純真さも持ち合わせていた。子宝に恵まれてからは郊外の別邸で自然に囲まれた暮らしもするようになっている。

こうして見ていると、マリーもまた、歴史の荒波に翻弄された女性と言えるのではないだろうか。

確かに、豪華絢爛な衣装や色とりどりのスイーツが出てくるあたりなど、多少美化している部分はあるだろう。しかし、前述の「稀代の悪女」というイメージはあくまでも民衆の側から見た認識であり、本人及びその周囲の人の見方はまた異なる。

マリーは芯からの悪女ではなく、いい事もしてきたのである。

それまでフランスにはなかった入浴の習慣を根付かせたのも、それに伴い、それまでは体臭を消すのが目的だった香水を今の形に近づけたのも、実は彼女の功績である。

この映画を通じて、その「異なる視点」からのマリー・アントワネットの生き様を見たような気がした。

特に、監督が女性(ソフィア・コッポラ)だからでもあるのだろうが、これこそ正にヒストリー(his story、historyの語源)ならぬハストリー(her story、造語)だと思った。

コメント欄から

○ 噂などに惑わされず 真実を見る眼を持ちたいな。

頑張っている人 をちゃんと見れるように。(NON)

● 全くその通りだと思います。

マリー・アントワネットに対する批判的な見方も、その殆んどが偏見に基づくもので、特に彼女が言ったとされる「(食料難で)パンがないのならケーキを食べればいい」という言葉も、実は後世の人間の創作だった、といいます。 (うみがめ)

○ ナナは映画の方は見ていませんが、教育TVでやっている「マリー.アントワネット」は見ています。それにも悪女というのはルイ16世や王妃に対する反対勢力の企みもあるということです。ことさら悪く書いた誹謗文書の流布で民衆をあおり立てたのです。見方を変えれば違った人物像が浮き彫りにされるでしょう。 (ナナ)

●彼女自身、国の為によかれと思って採った行動(例えば独立間もないアメリカに資金援助することなどを国王に進言した)が、結果的には国の財政を圧迫することになり、それが更に民衆の反感を煽ったそうです。

歴史と言うものは、その語り手によって見方も違ってくることを実感した映画でした。 (うみがめ)

○そうなんだ〜国家を背負ってる プレッシャーは庶民にはわからないからね。

そりゃ〜人格も変わるだろうなぁ〜(かな)

●国家を背負っているというより、「世継ぎはまだか」と切望されるプレッシャーのほうが大きかったのではないかと思います。どこかの高貴なお方のように。(うみがめ)


FMラジオと私 (2007.03.07)

そもそも我が国で超短波を利用したFMラジオ放送が始まったのが1957(S32)年、NHKが主要都市で実験局を開設したことから始まりました。翌'58年には、東海大学が実験局を開局(通称FM東海・後の東京FM)、'63年からは両局でステレオ放送も開始され、雑音の少ないFMの特性を生かした音楽番組が増えていきました。

その後NHKは'69(S44)年に全国で本放送を開始、民放も'69〜'70年に掛けて名古屋・大阪・福岡でも開局しています。

この間の'67(S42)年、我が家に初めてFMの聴けるラジオ受信機がやってきました。

この年に、3バンド(中波/短波/FM)のポータブルラジオと、FM/AMチューナー搭載のセパレートステレオを購入したのです。

当時FMを聴いていたのは主に親で、クラシックや歌謡曲の番組を聴いていました。気に入った番組のときはそれを録音(エアチェックと言いましたね)もしていました。専らNHKを聴いていたようです。

70年代はまだステレオ回線が全国に整備されておらず、NHKでも番組の殆んどはテープネットでした。民放が大都市圏にしかなかったのもそのためでしょう。

やがて1979(S54)年にステレオ回線がほぼ全国で整備され、NHKにも生放送番組が増えてきました。また民放も、'82(S57)年辺りから徐々に全国展開していきます。

当時住んでいた北海道でもこの年の9月にFM北海道が開局しています。

ただ、開局当初は札幌と旭川にしか送信所がなく、函館に住んでいた私の家では直接受信できませんでした。同級生の中には、それでも何とかつかまえようと高感度のFMアンテナを取り付けた人もいたようですが、私はそこまでする気にはなれませんでした。というのも、その時既に父は宮城県におり、そこでもその年の12月にFM仙台が開局する事になっていたから、親元でそれを聴けばよいと思っていたのです。

FM北海道が函館に中継局を設けたのは'84(S59)年のことですが、この時私は既に高知に来ていました。

80年代の後半からは大都市圏で民放FMの多局化が進みました。東のJ-WAVE、西の802が開局したのもこの頃です。

私が高知に来た当時四国で民放FMがあったのは愛媛県だけでした。だから、FMと言ったらNHKのみという時期がしばらく続きました。

そんな高知でも、'92(H4)年に遅ればせながら民放FMが開局しました。

その年の2月から試験電波が発せられましたが、それはただ延々音楽を流し、10分毎に「こちらはFM高知です。只今試験電波発射中です」というアナウンスが入るという、ある意味BGM感覚で聴ける放送でした。

3月下旬から実際の放送に近いサービス放送が始まり、4月1日に本放送が開始されると、普通にCMも入った番組が流れるようになりました。

90年代になると、それまでの都道府県単位の放送局に加えて、市区町村単位の所謂コミュニティーFMが登場するようになります。その第一号が函館の「FMいるか」です。

高知でも、2000(H12)年4月に高知シティFM(通称・ホエールステーション)が開局していますが、その開局までのプロセスはFM高知とほぼ同じものでした。ただ、こちらはサービス放送が確か1日だけだったと記憶しています。

ホエールステーションの編成は、自主制作が主体の大都市圏のコミュニティ局と違い、それだけではどうしても間が持てず、J-WAVEから番組購入して穴埋めしているのが現状です。

私のネット仲間の中には、徳島でコミュニティー放送のスタッフをしている人もいますが、徳島は大阪局も実用的な状態で聴けるから、それに対抗する為には自ずと独自路線を採らざるを得ない所があるのでしょう。

コメント欄から  

○いまNHK−FMの中継局がとても充実してるのをみると、70年代の状況がウソのようです。NHKの財力の勝利でしょうか。そういえばNHKって、教育テレビの音声多重でも、3大都市圏でのスタート後半年で全国に普及しましたし。ちなみに地元岐阜県にとって、NHK−FMはNHK唯一の県域ラジオで、夏の高校野球岐阜大会決勝をよくモノラルで中継しています。北海道はFMリクエストアワーも各地の放送でしたね。  

岐阜県に県域民放FMが来たのは21世紀になってからです。民放初のFM愛知が実は愛知県域だと初めて知ったときはショックだったなあ。  

大都市圏の多局化といっても、本来は周辺府県の電波ですからね。でも初期のKissとαは好きだったなぁ。三重もJFN−B続けてれば・・・。  

徳島県には徳島市にしかコミュニティ放送がありませんが、頑張れば、自らが徳島市に特化することでJRTやFM徳島に県域の自覚を与えられるかも。  

FM高知って「鼓動」をテーマに開局しましたよね。あれって織田裕二と何か関係あったのでしょうか。(かじか)

●確かにNHKの財力の成せる技でもあるのでしょうが、これにはやはりAMと同じ範囲をカバーできるように、という思いもあるのでしょう(FMのほうがよりカバーできる範囲が狭い)。

そうか、大都市圏でもFMは基本的に県域だったのですね。「東名阪は広域局」という常識がここでは通用しないことになりますね。

高知と関係があると言えば、織田哲郎氏(本籍が高知市)ですが、彼がFM高知の開局に関わったと言う話は聞いたことがありません。(うみがめ)

○かつては、FMステーションなどの番組表を買って、エアチェックしてました。

そういう雑誌が無くなった今はなかなかFMを聴く事が少なくなってしまいました。(やなちゃん)

●仰る通り、昔はFMにも番組情報誌があって、ピーク時には4誌が競合していました。

しかし、FM局の多局化と逆比例する形で1誌また1誌と姿を消し、最後にはそして誰もいなくなった状態になりました。主に後発局が生番組主体で、中でかける曲も本番直前にようやく決まるパターンが多く、それがエアチェック派の激減につながったからでしょう。 (うみがめ)

○エアチェックよくしてました!

レコードが買えない時期は、助かってましたね!

今は、フルで曲もかからないし、いろいろうるさいみたいですね。

やなちゃんと一緒で、FMステーションやレコパルを付録で決めて買ってました。

ラジオ番組としての差は、FMもAMも今はないような気がしますね!

クラッシックを聞く場合は別ですが!(Colour)

●確かに、質の高い音楽番組がFMの持ち味だったはずが、今時はFMでも喋りが主役になってしまいましたね。 (うみがめ)


チャンネル・イメージ (2007.03.11)

テレビチャンネルに対するイメージは、無意識のうちに植え付けられる所があります。

例えば首都圏にお住まいの方なら、1はNHKの総合テレビ、3は同じく教育テレビとすぐ思い浮かぶでしょうが、それが全国で通用するかと言えばそうではありません。

旅先で。NHKのニュースを見ようと宿のテレビを1チャンネルに合わせておく。そろそろ始まる頃かなと画面に注目するとCMが映し出されてびっくり!

首都圏にお住まいの方で、このような経験をなされた方は多いことでしょう。

実は、小3まで東京にいた私もその一人です。

親の実家のある香川県のように、最初から1チャンネルが使われていなければ「ああ、東京とはチャンネルが違うんだな」と分かりそうですが、これが使われている地域に行くと一瞬「ああ、ここでも1チャンネルが使われているな」と思い、しかもそれはNHKだ、と何の疑いもなく信じてしまう、そんなところがありました。(勿論今はそんな早合点はしませんが)

では実際に1チャンネルが使われている地域のうち、それをNHKが使っている地域はどれだけあるでしょう?

調べてみたら意外なことに、総合に限れば東京と甲府だけでした。

せいぜい山口と長崎の教育が加わる程度です。

1チャンネルはむしろ民放が使っている地域が多いのです。全国に9か所ありますが、政令市に限っても、札幌・仙台・名古屋・福岡がこれに当たります。

せめてNHKだけでも全国統一のチャンネルにできないか?

それは無理です。

なぜなら、同じチャンネルを隣り合う地域で使っていたら、混信を招くからです。

だから、隣り合う地域ではチャンネルをずらす配慮がなされています。

例えば、私がその後移住した釧路では「2・7・9・11」が使われていましたが、隣接する帯広では「4・6・10・12」が使われていました。また、函館でも「4・6・10・12」が使われていましたが、お向かい青森では「1・3・5」が使われていました。

偶数と奇数の見事なコントラストとなっていますね。

ただこれは、現行のアナログ放送の場合であって、デジタル放送においては、チャンネルは出来るだけ全国共通にしよう、という方向になっています。

NHK総合は1、教育は2、といったように。

ただこれについても、一部の民放(特に前述の1チャンネルを使う局)が「うちは開局以来このチャンネルを使ってきた。今更変えるつもりはない」とごねたことで、完全な全国統一とはならなかったようです。

コメント欄から

○最後のお話は、 家庭内のチャンネル争いとは別の、 放送局同士のチャンネル争いですね。(戌年男)

●とりわけ、大阪や名古屋の老舗局はこの傾向が強かったようですが、私が住む高知では開局以来8チャンネルを使ってきた高知放送(日テレ系)が、デジタルでは8をさんさんテレビ(フジ系)に譲り、自身はネットワーク標準の4にしたのは特筆すべき事項です。 (うみがめ)

○大阪に住んでる頃は2,4,6,8,10,12チャンでした!

福岡は1,3、4、6、9、12とTVQ(テレビ九州)です♪

で、NHKは・・大阪=2,6(たぶん) 福岡=3,6です!

ほんとに、全国バラバラでややこし〜ですね(>_<) (バンビ)

●いや、大阪の6チャンネルは朝日放送でしょう。地元新聞の県外テレビの番組表でも確認しました。

大阪のNHKは確か2と12でしたよ。 (うみがめ)

○ いまだに頭の中で、北九州のチャンネルを仙台のチャンネルに変換してチャンネルあわせをしています。

強烈な刷り込みですね^^(ポン太)

●1チャンネルを民放が使っている事実に驚いたのは、その仙台に行ったとき(当時小2)でした。(うみがめ)

○民放でも、親局のチャンネル数をウリにするのは、親局エリアがあまりに広くて有力な場合、と決まっているようです。そうでない局は、デジタル化でキー局のリモコンIDナンバーに合わせてますね。ちなみに東海地方でキー局と同じリモコンIDにする民放は中京だけです(テレビ愛知ですら三重に取られた)。

NHK総合は全国的には3chが多いようです。NHK名古屋とか札幌とか。  

ちなみにデジタル化でNHK教育だけは全国的に2で統一するようです。  

もし旅に出る場合、今はインターネットで各地の番組表が調べられますから、いつも見てる番組が現地で見られないものは自宅で録画ですね。(かじか)

●確かに高知では、親局のチャンネルが通用するのは高知市とその周辺地域に限られており、県西部(四万十・須崎など)や東部(安芸・室戸など)では別なチャンネルを使っています。だから高知放送としても、別に8チャンネルに拘っていなかったのかもしれません。

因みに高知では、デジタルチャンネルは全てネットワーク標準と同じになっています。(但しテレ朝・テレ東に相当するチャンネルはなし)

民放5局競合の岡山・香川も同様です。(うみがめ)


アナウンサーの「うっちー」(2007.03.24)

突然ですが、貴方はアナウンサーの中で「うっちー」と呼ばれる人と言えば、まず誰を連想しますか?

内田恭子?甘いな。

それに私は彼女のことは「内キョン」と呼んでおります。

私の中でのうっちーはNHKにいます。

「でも、NHKアナウンスルームのHP(http://www.nhk.or.jp/a-room/)で検索しても、うっちーと呼ばれてそうな人は何人かいる。うみがめが言ううっちーって、そのうっちーの誰なんだい?」

お教えしましょう。実はその人は、略さなくてもうっちーです。

高知局アナウンス副部長の内美登志(うち・みとし)氏です。

地元コミュニティーFM出演時の録音 http://kcfm.net/xoops/modules/tinyd6/index.php

この方と私とは特に面識があるわけではありません。

でも、そのプロフィールを見て、妙に親近感を持ってしまいました。 出身校が鹿児島ラサール、初任地が函館、そして現任地が高知、と緑で示した部分はこの私とも縁のあるところです。その意味で親近感を持ったのです。

地方局のアナウンサーは、在京キー局のそれに比べどうしても地味な存在になりがちですが、それでもこうして頑張っている人は何人もいます。

彼等の中にこそ、真のしゃべりのプロがいるように思います。  

(追記 2009.01.08)

その内アナも、現在高知にはいません。

2008年7月に東京転勤となったのです。

表向き栄転とはいえ、所属する部署は「ラジオセンター」という少々お地味な部署、ただご本人はラジオの仕事にやりがいを感じているようで、「2004年6月に制作したラジオ番組『終わらぬアスベスト問題』によって、多くの人たちがアスベストの危険性を再認識する契機になった」ことに喜びを覚えた、と語っています。

詳細は下記

http://cgi4.nhk.or.jp/a-room/aroom.cgi?i=85  

コメント欄から

○内田恭子ちゃんと思いましたが、ウッチャンかなとも思いました(^^)

どちらもハズレでしたが(^^ゞ(kei)

●ウッチャン本人と言うより、その奥さん(徳永有美さん)が元アナウンサーですね。(うみがめ)


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