うみがめクリニック��
開業医志向は本当か?(2009.03.01)
巷間囁かれている話が、実は根も葉もない噂に過ぎないというのはよくあることです。
例えば、「最近の若い医者はすぐに開業したがる」、言葉を変えれば病院勤務医が独立してビル診療所を開業するペースが早まっている、という噂があるようですが、それは本当なのでしょうか?
少なくとも自分の周りでは余りそんな話は聞かないのですが…
それを検証する記事がMRICに出ていましたのでご紹介します。
北海道大学大学院医学研究科・医療システム学分野の中村利仁助教が執筆した 「医師に関するウワサ(1)」という記事です。
ここでは年齢別に医師の働いている場所がどのように推移してきているのかを見てみます。
検討に当たっては、隔年(2年に一度)12月31日付で医師法の名の下に行われている医師調査の、平成8年から平成18年までのデータを使用します。
図1では、平成18年末(最新)の性年齢別の業務種別割合をグラフ化しています。
母数は医師総数で、そのうち、大学病院を含む病院や診療所の勤務医・開設者や介護老人保健施設などなどに性年齢別にどのように分布しているのかを見ています。
性年齢別に見ると、ほぼ100%が医師人生を病院勤務から歩み出し、年々1%ずつ程度が診療所その他に移動します。65歳頃までに約60%が病院勤務を離れて、およそ40%が病院に残っているということが見て取れます。
もちろん、これは断面調査ですので、現在の25歳の医師が65歳になった時にどこで働いているのかを意味するものではなく、また、現在60歳の医師がかつて30歳であったときにどこで働いていたのかを示すものでもありません。
次に、図2では、平成8年から平成18年にかけて、医師総数の中で病院の従事者の年齢別割合がどのように変わってきたのかを示しています。
当初は比較的緩やかな傾きが、35歳頃からカーブを描いて傾きが急峻となり、55歳頃に再び緩やかな逆S字状となっているのがお判り頂けるだろうと思います。
少なくとも、50歳未満で大きな変化は見られません。これをみるだけで、「近頃の若い医者はすぐに病院を辞めて開業してしまう」という言辞に根拠のないことが分かっていただけるだろうと思います。
本研究では、平成8年よりも前の状況との比較はしていません。平成6年以前のデータと比較すれば、あるいはどこかの時点で急激に病院離れの進んだ時期があったのかも知れません。たとえば傾きの変化が40歳頃からだったのかも知れません。
それでも、あるいは誤差の範囲かも知れませんが、平成18年末調査では、特に40歳代で病院へ居残る割合が若干増えています。批判されるには当たらないでしょうし、批判は見当外れと言えるではないでしょうか。
では、「近頃の若い医者はすぐに病院を辞めて開業してしまう」などという話がもっともらしく語られた理由は何だったのでしょうか。
図2をもう一度御覧下さい。50歳代の病院勤務割合がやはりわずかですが低下していることと、65歳以上の病院勤務割合が大きく上昇していることが見て取れます。
まず、「近頃の若い医者」とは50歳代の医師であるのではないかということが考えられます。一般社会で50歳代と言えば既に若者扱いされる年齢ではありませんが、90歳を超えて未だ現役という場合のある医師の世界では、さほど的外れな話ではありません。
また、65歳以上の医療界のオピニオンリーダーの皆さんが、病院に居残る割合を増やしているところにも意味がありそうです。65〜75歳の年齢層の先生方の立場からは、自分よりも目下の医師の診療所開業のペースの増加が目につくだけでなく、先輩に比べて、自分たちのすぐ下の年代層の先生方は開業医の割合がやや多く、従って部下として居残っている割合が低くなっていることが日常生活の中で経験できることになります。
オピニオンリーダーの先生方の目に映る現実は、まさに「近頃の若い医者はすぐに病院を辞めて開業してしまう」という状況に他ならないのではないでしょうか。
さりながら、これは20歳代から40歳代の医師や、卒後臨床研修制度の必修化とは全く何の関係もない話です。この辺りの制度を弄ったとて、古き佳き時代に戻るわけではありません。
なるほど、60代・70代でも現役バリバリが多い医師の世界では、50代でも若いとみなされてしまう訳ですね。
とはいえ、開業するか否かは本人の適正や意欲とも深く関わっており、このデータだけで判断するのは早合点が過ぎるようです。
研修医は都会を目指す?(2009.03.10)
上記記事に続き、北海道大学大学院医学研究科・医療システム学分野の中村利仁助教による 「医師に関するウワサ」シリーズ第二弾です。
今回は、臨床研修制度の影響で研修医が都会の病院に集中した、と言う噂の検証です。長文になりますが、お付き合い願えれば幸いです。
このウワサにはたいてい続きがあります。研修医が大学病院を離れて都会の研修病院を選択したため、大学病院が医師不足となり、医局が地域の中堅医師を引き上げ、それによって地域医療の崩壊が引き起こされた、という具合に続きます。
なるほど、都市部に集中しているのは研修医よりもむしろ中堅の医師だったのですね。ところで、日本の郡部(町村)の人口が近年激減したことをご存知でしょうか?
平成17年(2005年10月1日付)の国勢調査では、町村の数が「町村についてみると,合併,編入等により平成12年時点の2,558から17年時点の1,466へと1,092の減少となった。」と指摘されています。
平成17年国勢調査 全国・都道府県・市区町村別人口 (要計表による人口)結果の概要III 市町村の人口(総務省 統計局)
当然のことながら、これによって郡部人口は激減し、平成12年の2706,0554人から平成17年には1750,3670人へとおよそ950万人、35%も減少しました。わずか5年のうちに郡部人口の三分の一が雪崩を打って都市部へ…ではなく、居ながらにして町村から市へと統計上の居を移す結果となりました。
総人口に占める割合も21.3%から13.7%へと低下しました。市部人口はそれだけ割合を高めたということになります。
(図3)
では、年齢別に医師の働いている病院(従業地)がどのように推移してきているのかを見てみます。
検討に当たっては、前回同様、隔年(2年に一度)12月31日付で医師法の名の下に行われている医師調査の、平成8年から平成18年までのデータを使用します。
(図4)
図4では、平成8年末から平成18年末の性年齢5歳階級別の病院従事医師数を郡部についてだけ切り分けています。全年齢層に亘って医師数の減少が見られ、29歳以下層だけでも、2,862人から1,094人へと半分以下、全年齢層で見ると18,166人から10,694人へとおよそ4割の減少です。
言うまでもなく、このうち大半の約35%は居ながらにして町村から市へと統計上の居を移した医師達で、実際の減少は多く見積もっても10年でおよそ5%程度です。
また、臨床研修の期間は2年間です。従って、研修医だけの動静を抽出するのであれば、29歳以下層を論じても何も言えないということになってしまいます。本来であれば、卒後2年間の医師の同定が必要です。しかし図4で言えることは、郡部医師数の減少の大半は見た目だけのものであること、しかもそれが全年齢層に亘るものであって、決して若年層だけの動きを反映しているわけではないということであろうと思います。
さて、ここまでで申し上げられることは、決して郡部(町村)から医師が無闇と撤退したということはないということになろうかと思います。
次は、東京23区、政令指定都市(原則として人口100万人以上)と中核市(同じく30万人以上)について、その医師数を見てみましょう。
その前に、これら都市部の人口がどう推移してきたのか、やはり見ておく必要があるように思います。
(図5)
この10年間で政令市は12から15へ、中核市は(政令市への昇格も入れて)15から36へ(平成18年末当時:現在はさらに増えて39)へと各々増えており、人口も増加しています。
推計したところ、政令市と東京23区を合わせた人口は27,188,523人から31,518,888人へと、中核市の人口は7,336,595人から16,782,251人へと、そして、これら総和で34,525,118人から48,281,139人へとやはり1400万人近く、40%増えています。(原則として各年10月1日付市町村人口推計より)
(図6)
東京23区と政令指定都市の病院従事医師数の推移です。
実は男性の39歳以下層では、平成8年が最も多く、その後減少して平成14年で底を打ち、平成16年、18年でも平成8年水準まで戻していないということが見て取れます。
しかしこの間もこれら大都市の人口は増え続けており、とても医師が都市部に集中したというようなことは言えないのではないでしょうか。
これに比べると、むしろ45歳から59歳以下層で、一貫して増加が見られます。
女性はほぼ全年齢層で増えています。
(図7)
その女性が中核市とその他の市でどう増減してきたのかを見てみましょう。
実は女性医師が全体として増えている結果、中核市でもその他の市でも、やはり女性の病院従事医師数はほぼ一貫して増え続けています。
(図8)
男性39歳以下層の病院従事医師数は、その他の市では平成8年から減少し続けたものの平成16年で下げ止まり、18年の時点で14年の水準近くまで戻しています。
中核市では全年齢層に亘って、ほぼ一貫して病院従事医師数の増加が見られています。
では人口当たりでみるとどうなるでしょうか。
(図9)
病院従事の各5歳階級の総医師数を人口10万人当たりとして年次推移を比較しています。
やはり39歳以下層では、都市部集中したというようなことは言えません。むしろ、ほぼ一貫して人口当たり医師数は減少しており、若年層の負担はむしろ増えているということが言えるでしょう。
…あるいは可能性として考えられることとしては、負担の比較的重い地域が新たに中核市となり、あるいは市町村合併によって都市部の数字の中に入ってきたのかも知れません。
しかし、これに比較して、45歳〜59歳以下層は逆にほぼ一貫して増加しています。負担の重い地域が入ってきているということは考えにくいですし、彼等(と言うか、自分もその年代層ですが)こそ、都市部に集中して来ていると言うべきでしょう。
では、なぜ研修医や後期研修医は、都市部の大規模病院に集中した等という謂われのない批判を受けているのでしょうか?
実は、これだけ若年層の医師が相対的にも実数でも都市部で減少しているにも拘わらず、都市部の病院従事医師数は全体として純増しています。
確かに、研修医を直接指導する立場にあるのは彼等中堅医師ですから、都市部の病院としてはむしろ彼等の層を厚くする必要があるわけですね。
臨床研修制度と地域医療(2009.04.02)
北海道大学大学院医学研究科・医療システム学分野の中村利仁助教による 「医師に関するウワサ」シリーズ最終回となる今回は「卒後臨床研修制度の必修化によって地域医療は崩壊した?」と題し、スーパーローテート式の臨床研修制度導入の影響で、大学病院からの研修医離れによる人手不足の補完と、それでも居残った研修医達の教育とのために中堅層の医師が地域医療を離れ、大学病院に集中したという伝説を検討します。
図10は、大学病院ではない、いわゆる市中病院の医師数の5歳階級別医師数の年次推移です。
やはり結局は、国の無策が地域医療の崩壊を生んだ、それを臨床研修制度のせいにするのは見当違いもはなはだしい、と言うことではないでしょうか。特徴的なことは、医師数として35〜39歳層、40〜44歳層、30〜34歳層が多く、主として研修医が属する25〜29歳層よりも多いということです。25〜29歳層の占める割合は、平成8年で14.3%であり、その後、実数は15,353人から16,104人へと全国で751人増えているにも拘わらず、平成18年末ではさらに低下して13%に過ぎません。
また、30〜34歳層、35〜39歳層は臨床研修制度が変わる遙か前の平成10年頃から既に減少傾向となっています。40〜44歳層は平成16年までは増加傾向にありましたがその後は減少に転じています。
平成8年から平成18年までの10年間で、30〜34歳層は19,567人から17,644人へと1,921人の減少、35〜39歳層は20,548人から19,022へと1,526人の減少が見られます。
40〜44歳層は16,226人から18,050人へとまだ1,824人の増加が見られていますが、既に天井を打った状況にあります。もう増えないのです。
ただしこの変化は、医学部入学定員の削減によるものであって、臨床研修制度によるものではありません。
また、医学部の入学定員の急増した頃の影響が、45〜49歳層、50〜54歳層、55〜59歳層の増加という形で見て取れます。これら年齢層の増加の影響が強く出て、市中病院全体の医師数は107,036人から123,639人へと16,603人(16%)の増加が見られています。
市中病院の年齢階級別医師数と年齢構成には、臨床研修制度の影響は観察されません。
(図11)
次に大学病院の5歳階級別医師数の推移です。やはりまず29歳以下層の減少が目につきます。やはり、この傾向は平成10年には既に生じている傾向です。平成14年では一時的に増加に転じていますが、むしろこの年だけが例外です。29歳以下層の大学病院離れは、臨床研修制度変更前からの長いトレンドであると言うべきでしょう。この10年間に拡げて見れば、純減は1924人です。しかも、25〜29歳層の占める割合が多く、平成8年で26.7%と四分の一を超えていたのが減ったとは言え、平成18年でも20%と五分の一を占めます。
減ったとは言え、大学病院は20歳台をはじめとする若年層の占める割合の大きい状況に変わりがありません。
また、35〜39歳層だけは、それまでの減少傾向が平成14年で底を打ち、その後は増加に転じています。ただし、平成14年から18年にかけての増加分は、全国で674人に過ぎません。
現在、医師数として大きいのは30〜34歳層です。しかしながら、ここではやはり、臨床研修制度の方向性が定まっていなかった平成10年から既に増加が始まっていることに注目すべきでしょう。
…結局、臨床研修制度変更の影響が見受けられるのは、35〜39歳層の700人足らずだけであると言えそうです。他の年代層の動きはより長期的傾向に過ぎず、臨床研修制度変更の影響ではありません。
最後にもう一度見直してみれば、平成8年度には(数の極めて少ない24歳を除けば)若い人が多く、加齢と共に少なくなるというきれいなピラミッド型の年齢構成であったものが、平成12年の時点で既に25〜29歳層と30〜34歳層が逆転しているということにも注意が必要と思います。
さらに考えれば、それでも25〜29歳層の占める割合は市中病院の1.5倍です。指導医達の負担もまた市中病院の1.5倍であると考えるのが順当です。まともな初期・後期研修制度を考えるならば、市中病院であれば事務職員がやっているような仕事を研修医や中堅層以下の常勤・非常勤医師に押しつけるのはもうやめて、研修医も今の三分の二程度までもっとずっと減らす必要があるでしょう。
さて、では、大学病院の二つの傾向、すなわち臨床研修制度変更による35〜39歳層の増員と、それ以前からの20歳代の減少、30〜34歳層の増員は何を説明し、何に由来するものなのでしょうか。
(図12)
これは病院報告(厚生労働省大臣官房統計情報部)の平成9年から18年までの各年データから、大学病院と市中病院(その他の病院)の年間退院患者数をグラフ化したものです。縦軸は左側が大学病院、右側が市中病院であり、市中病院の軸が大学病院のそれの十倍となっています。
大学病院の退院患者数は、10年間で955,939人から1,490,396人へと、56%増えました。市中病院の方でも患者は減ったわけではなく、11,031,290人から12,833,381人へと16%増えています。
市中病院では、一見、全体として患者数が増えたのとほぼおなじだけの医師数増がえられているようにも見えますが、それはウィークデイの昼間に限った話です。夜や休日の病棟と外来を担当する医師数は、30〜34歳層で10%の純減、35〜39歳層では7.4%の純減となっており、患者増を考えると各々2割以上の業務負担増となっています。
大学病院はとなると、ほぼ同じ時期の10年間では全体でも8.6%増ですし、30〜34歳層でも16%、35〜39歳層では2%しか増えて居らず、そもそも患者増に全く追いついていません。
他のことを全て度外視したとしても、市中病院でも大学病院でも、医師達の窮状は容易に想像がつくと言えるでしょう。
ただし、医師一人当たりの退院患者数で見れば、平成18年の大学病院の医師一人当たり退院患者数は33.4人、市中病院のそれは103.8人です。実に3倍の開きがあります。やっている医療の内容が違うということも考えられますから一概には言えませんが、市中病院と大学病院の医師の業務内容の見直しは必要不可欠でしょう。やり方を変えねば、持ち堪えられません。
さて、もう一度、医師数の話をまとめれば、大学病院と市中病院の数字を見比べると、大学病院側で臨床研修制度の影響が伺われる35〜39歳層の平成14年から18年にかけての約700人の増員は、市中病院側では19,591人から19022人への569人の減員と相対します。
また、25〜29歳層の配分変更は同じ時期に大学病院で1,444人の減、市中病院側で1,307人の増ということになります。が、しかし、これは少なくとも大学病院側の長期低落傾向の一部を切り取っただけのことであって、おそらく大半は臨床研修制度の影響ではありません。
もし臨床研修制度によって地域医療が崩壊したと主張するなら、それは35〜39歳層の全国で(敢えて言いますが)たった700人の移動によるものであるということになります。
臨床研修制度の影響が4年間で700人という、ただこれだけのものであるならば、大学病院の長期低落傾向の影響による配分変更は10年でおよそ1,400人前後であり、医学部入学定員削減の影響による純減は10年間で3,000人です。何が主因であり、その次が何であるのかは言うまでもないだろうと思います。
医師不足による地域医療の崩壊は、臨床研修制度の影響があったとしてもごくわずかであろうということが分かっていただけたかと思います。
対策としては、現在はまだ医療界の外にいる30歳代の人々およそ3.700人に、いますぐ、最短期間で医師となる道を提供しなければなりません。
また、こうしてみると、特に大学病院が考えるべきなのは、なぜ自分たちが卒後まもない若い医師達から見放されたかであって、如何にして強権を以て縛り付けるかではないと考えます。
院内での医師の業務を分析して役割分担を見直し、いま手許にいる30〜34歳層、35〜39歳層にまで見放される前に必要な制度変更を整える必要があります。そうでない限り、研修医からは見放され、忙しいばかりで臨床決断の経験に乏しい医師を市中病院での戦力とすることもできずに、大量に抱え込むことにしかなりません。
効率化の余地は、おそらく大学病院の医療にこそあるのではないでしょうか。人間は無限の資源であるが、無駄遣いするとすぐ足りなくなると言われます。選択と決断が必要と考えます。
厚生労働省は研修医をはじめとする若年層の医師の計画配置ということを主張しています。しかしながら、それは見当違いです。そもそも都市部から引き剥がすことのできる若い医師などいないからです。(第2回参照)
やはり患者の増え続けている夜間と休日の市中病院から引き剥がすことのできる医師もまた、30歳代以下の年齢層には最早いないのです。
もし、このまま厚生労働省の施策が強行されれば、それこそ都市部でもその他の市部・郡部でも地域医療が急速に崩壊することとなるでしょう。止めるべきです。もし、このまま予想通りの結果が出た場合には、この政策を推進している特定数人の官僚の責任は厳しく問われる必要があるだろうと思います。政治家の責任は言うまでもありません。
脳死移植10年(2009.02.27)
1999(H11)年2月28日、脳死を人の死と定義する臓器移植法に基づいての臓器移植がわが国で初めて行われた。
高知赤十字病院に入院中だった脳死患者より、本人の意思表示並びに家族の承諾に基づいて、心臓・肝臓・腎臓・角膜が移植されたのである。
この移植の際には、マスコミ各社が関係する病院に大挙して押し掛けた。たまたまプロ野球キャンプの取材で、中央から多くのマスコミが高知に集結していた矢先の出来事だったからと言う側面もあったが、一部には臓器を輸送する車をヘリで追跡するなどの行き過ぎた取材が見られ問題視された。
それ以降、脳死移植は毎年5件程度行われていると言う。
臓器の中でも、腎臓・膵臓・眼球などは心停止下で摘出しても移植に耐えられるが、心臓・肝臓・肺などはなるべく生きた状態で移植されなければならない。
そのため、かつて移植以外に助かる見込みのない重度の疾患に罹った患者は諦める以外になかった。
そんな患者に一筋の光明となったのが臓器移植法である。
これは、本人が脳死判定に従い臓器を提供する意思を書面(所謂意思表示カード)により表示しており、かつ家族が脳死判定並びに臓器提供に同意する場合に限り、法的に脳死が人の死と認められ、脳死移植が可能となる法律で、1997年に施行されている。
本人の意思確認を前提にしている点で、必ずしもそれを必要としていない諸外国よりも厳しい内容となっており、臓器提供者(ドナー)の数は極めて少ない。
何より、この法律には課題が残っている。
法律は、脳死移植の容認を遺言の一種とする解釈から、民法上の遺言可能年齢に準じて15歳以上に適応すると定めている。
しかし、心情的に最も助けたいと思う患者は大概15歳未満だ。
そうした患児は、現状では日本国内での移植手術が受けられないから海外渡航を余儀なくされ、経済的身体的負担が重くのしかかっている。しかも海外からは「自国の患者は自国内で治療を完結させるべきだ」と非難する声も上がっている。
そうした声に応えるべく、法律でも「この法律の規定を施行後3年を目途に見直す」旨明記されていて、15歳未満もドナーとするべきか議論されている。小児科学会としても、かつては時期尚早と反対していたのが、ここに来て容認する方向に向かいつつあると言う。
ただ中には、この法律及び脳死移植そのものに批判的な人も存在する。
彼等の主張は概ね次の通りだ。
�,修發修�脳死を人の死と定義すること自体容認できない。従ってそう定めた臓器移植法も容認できない。
��脳死判定の為に、救急医療がないがしろにされる危険がある。
��「移植以外助かる道はない」はずの患者が、それ以外の方法で生き延びているケースは少なくない。移植に代わる治療法こそ積極的に進めるべきだ。
なるほど、彼等の主張も一理ある。
確かに、移植医療によって助かった命は、その陰で助からなかった命の尊い犠牲の上に成り立っている。「移植医療は命のリレー」と言われるのはそのためだ。
ただ、人工臓器の研究も進んでいることを考えれば、脳死下の臓器移植はあくまでも過渡的な医療に過ぎないのではないか、と思えてならない。
とはいえ私個人は、臓器移植に対しては推進でも反対でもない。
ひとまずは現状維持で、小児をドナーにすることも条件さえ整えば、と考えている。
何よりこうしたことは、まず自分の身に置き換えて考える必要がある。 もし自分及び自分の家族が、移植以外助からない病気と診断されたらどうするだろう。もし自分や家族が脳死と判定されたら…
決して他人任せにせず、皆が自分のこととして考えるべきではないだろうか。
(追記)
年齢を問わず、脳死を一律に人の死とし、本人の書面による意思表示の義務づけをやめて、本人の拒否がない限り家族の同意で提供できるようにすることを骨子とした臓器移植法改正案が、2009年7月に成立を見たが、政局優先で、十分な審議を経ずに成立したことは残念に思う。(ジオログ参照)ネット通販と医薬品(2008.12.02)
ネット通販最大手の業者から、「医薬品ネット販売継続を求める請願」と題して、署名への協力を求めるメールが2008年11月末に届いた。
それによると、厚生労働省は、一般用医薬品の67%を占める1類医薬品及び2類医薬品のネット販売を2009年6月から禁止する薬事法施行規則改正案を示しているという。
1類医薬品とは、H2ブロッカー含有薬(ガスター10)や一部の毛髪用薬(リアップ)など、一般用医薬品としての使用経験が少ない等安全性上特に注意を要する成分を含み、特にリスクが高いとされるもの、2類医薬品とは主なかぜ薬(ベンザなど)、解熱鎮痛薬(バファリンなど)、胃腸鎮痛鎮痙薬(ボラギノールなど)といった、まれに入院相当以上の健康被害が生じる可能性がある成分を含むリスクが比較的高いものを指す。
因みに今回規制の対象外とされた3類医薬品とは、ビタミンB・C含有保健薬(アリナミンなど)、主な整腸薬、消化薬(ビオフェルミン、ウルソサンなど)といった、日常生活に支障を来す程度ではないが、身体の変調・不調が起こるおそれがある成分を含む、リスクが比較的低いもののことである。
ネットでの医薬品販売のデメリットとして、対面販売でないこと、また直接手渡しでないことが挙げられ、厚労省もそれを問題視した結果、こうした規制強化に乗り出したという経緯がある。
これに対しネット通販業者は、「薬剤師や登録販売者の資格のないコンビニの店員や置き薬の販売員から買うのは問題なくて、薬剤師が常駐しているネット通販業者からは買えないなんておかしい」と反論している。
その上で、「ネットで薬が買えるメリット」として以下の点を列挙している。
好きな時間に購入できる
人目を気にせず、時間をかけて選べる
成分等比較検討したうえで購入できる
宅配してくれる(時間指定も出来る)
店頭で聞く説明よりもネットでの説明のほうが詳しい
無理やり薦められて買わされる心配がない
そもそも今まで安全に購入できていた
なるほど、もっともな意見だ。
しかし私としては、やはりこの趣旨には賛同できない。
医師として処方箋を切る立場にあるから言うわけではないが、やはり医薬品販売の基本は対面販売にあるように思う。
患者のちょっとした体調の変化や、薬との相性は、直接顔を向き合わせなければ判らない。私の勤める病院にも「薬だけくれ」という患者がたまに来るのだが、病院の方針としてこうした無診察投薬は受けないことにしている。
だからネットでの医薬品販売も、今までは特に問題なくやれたかもしれないが、いつ顧客に重大な健康被害が及ぶか判らないリスクがある以上、慎重の上にも慎重にしなければならない。
例えば、対面販売に代わるものとして、業者側に待機した薬剤師と顧客側とをテレビ電話でつなぐといった改善策を示さない限り、全面解禁は難しいように思う。
何より、ネットでの医薬品販売にはアンダーグラウンドなイメージが付きまとう。
本来医師の処方箋が必要なバイアグラや経口避妊薬も、個人輸入という形でネットで買えるというではないか。現実にネットでバイアグラを購入した人が、命に関わる重篤な副作用を起こしたという報告例もある。
それに、スパムと呼ばれる迷惑なメールやトラックバックの定番といえば、この手の通販業者だ。
そうしたアングライメージを払拭しない限り、ネットでの医薬品販売を解禁すべきではないと思う。
確かに業者側が挙げたメリットも捨て難いが、それ以上に前述のようなデメリットが大きい以上、安易にネットで医薬品が買えるようになるのは考え物だと思うのだが、どうだろうか?
(追記)
ネット業者が呼びかけた反対署名は2000通を超えるものだったが、結局医薬品のネット販売に関しては当初の予定通り2009年6月をもって原則禁止となった。
同じ頃、むしろ店頭販売に関しては規制緩和が進み、2類・3類医薬品については、薬剤師のみならず1年以上の実務経験を持ち、都道府県知事の行う試験に合格した登録販売者が常駐していれば販売することができるようになった。つまり、登録販売者さえいれば、薬局薬店以外でも医薬品が販売できるようになったわけだ。そのほうが確かに便利ではないかと思うのだが…
結核の猛威は今もなお(2009.04.08)
2009年4月6日、お笑いタレントの箕輪はるかさんが肺結核を発症し入院、と報じられましたが、これを聞いて「あれ、結核って過去の病気じゃなかったの?」と疑問に思われた方も多いことでしょう。
確かに、かつて結核と言えば不治の病の代名詞でした。
その病原菌が発見されたのが1882年、第二次大戦直後までは有効な治療法がまだなく、従って死亡率も高い疾患でした。咳とともに喀血する場合が多く、それが更に周囲には痛ましく感じられたものでした。
事実、沖田総司や正岡子規など、これが元で命を落とした有名人は枚挙に暇がありません。
とりわけ集団感染のリスクが高かった軍隊では、肺浸潤や肋膜炎などと遠回しに言うことも多かったといいます。
戦後、ストレプトマイシンを始めイソニアジド・リファンピシン・ピラジナミド ・エタンブトールといった特効薬が登場し、結核は早期に治療を始めれば確実に治る疾患となりました。
しかし、結核は決して過去の病気ではありません。
確かに一頃より患者数は激減しましたが、それでも新たに報告される患者の実数は約3万人、罹患率は人口10万人あたり20.6人で、10人以下となっている欧米先進国に比べまだまだ多いと言わなければなりません。
高齢者の場合は、若い頃に集団感染を経験した人も多く、従って体の抵抗力が弱った時に発症しやすくなります。
一方若年者の場合は、まだ菌に侵されていないために、ひとたび菌を吸い込むと容易に感染し、比較的早い時期に発病する危険があります。
箕輪さんがいつ感染したか詳しくは分かりませんが、報道によれば「去年の12月始めから咳症状を訴えていた」とのことで、大体その1〜2か月前までには感染していたものと推定されます。しかも彼女の場合、やせ体型だった上に、ハードスケジュールに追われるなどの不規則な生活が続いたために、他の人より発症のリスクが大きかったと言えるでしょう。
幸い、彼女と濃密に接していた人(コンビの相方・マネージャー・家族…)には蔓延していなかったようですが、結核菌は飛沫感染することから、他の共演者やスタッフ、更には観客など彼女と同じ空間にいた全ての人に感染や発症のリスクが存在します。
その数は、一般の会社員が罹患した場合の比ではありません。
何より、早期発見・早期治療が大事です。
今回の問題に関わりなく、3週間以上長引く咳、あるいはそれに痰や熱を伴ったりする場合は、お近くの医療機関で診てもらうようにしましょう。
(追記)
箕輪さんは5月29日に症状が軽快したことにより退院、6月14日には仕事に復帰しています。
侮るなかれ・恐るるなかれ(2009.04.28)
どんな病気にも言えることですが、次のような予防策をとることが何よりも大事です。
一次予防
病気にかからないよう生活習慣等に注意する
二次予防
病気にかかったら出来るだけ早く見つけて早めに治療する
三次予防
病気が治った後の社会復帰
ところで、このところ豚インフルエンザが北米大陸で猛威を振るっているとのニュースがメディアを騒がせています。
世界保健機関(WHO)では今日(28日)未明に警戒レベルの引き上げを決定、世界的大流行(パンデミック)が懸念されるところです。
ただ、疑問も残ります。
それは、死に至る重症例は専らメキシコで報告されるのみで、しかも確定診断例はそのごく一部に過ぎない、ということです。
一方、アメリカやカナダの感染者は何れも軽症だったそうです。
これは、彼の国の医療体制にも影響しているのでしょうが、現時点では何とも言えません。
今後、我が国にも感染者が現れる可能性があり、それは勿論警戒しなければいけませんが、ただ徒に不安を煽るのもどうかと思います。
何より前述したように、しっかりとした予防策さえとっていれば、例え新型のインフルエンザであっても、その蔓延は防げるのです。
実はこの冬、私が勤める病院でもインフルエンザの集団感染がありました。
一部の入院患者に発熱・呼吸困難・嘔吐などの症状が出現、更にその患者からインフルエンザウイルスが検出されたことから、院内での蔓延を防ぐため感染者を隔離、新たに外部から持ち込まれるのを防ぐため見舞い客を制限、新規の入院受け入れも見合わせました。
感染者本人はもとより、全ての入院患者と職員にもタミフルの予防的投与が行われ、また感染者に対しては抗生物質の投与もあわせて行われました。特に免疫力が弱っている高齢者は、二次感染による致死率が高いからです。
更に、本人はもとよりその家族が感染した職員には完治するまで出勤停止、院内ではマスクの着用を徹底、うがいや手洗いの励行も徹底されました。
このようにして、おおよそ1か月半後には終息宣言を出すに至りました。
以前、ノロウイルス感染者が発生した時も、早期に対策を立てたことで蔓延を防いだ、その実績が生かされる形となりました。
このように、感染症の蔓延を防ごうと思ったら、まずは新たな感染者を出さないことです。
豚インフルエンザの場合は、さしあたってメキシコへの不要不急の渡航を避ける、感染が疑われる人との接触を避ける、などの対策を採るべきでしょう。
ただ現時点では、我が国で豚インフルエンザが発生しても、その検査試薬がないことから確定診断は出来ません。とはいえ、今後作られる計画はあるそうですから、それを期待しましょう。
万一感染しても、発症するとは限りません。発症した場合も、十分な栄養と休息に心がければ重症化・長期化は防げます。
ただ、特に抵抗力の弱い高齢者や小児の場合は警戒が必要です。この場合はインフルエンザ治療薬の出番になります。(小児の場合は脳症にも注意)
新型インフルエンザは決して侮れないものですが、過度に警戒し、結果的に人々をパニックに陥れるのも頂けません。
(追記)
新型インフルエンザについて、6月12日にWHOはパンデミックの状態にあると宣言、日本国内でも7月23日の時点で4718人の感染者が全ての都道府県で確認されています。
幸い、国内ではまだ死者の報告はありませんが、まだ当分は警戒の手を緩めることは出来ないでしょう。(なおその後の経過についてはジオログにも随時記事をUPしています)